9くち 18
ダンケはここに戻る度に、それをたらふく飲み込むなり吸引するなり注射するなりすればどうにかなれると考えて、悩んで、結局アメリカに帰っていたのだろう。
誰かの同行を避けていたのは、いつか一人で、ひっそりといなくなることを考えていたからなのかもしれない。
変化する環境に疲弊し切っていたダンケが、「イングリス」としての自分を守り続けるには、もはやその手以外無かった。メルナード夫妻にしたって、外の子供達にしたって、誰もイングリスを望んじゃいないのだから。
けれど、この家ですらその為の勇気を振り絞れなかったのは、ダンケ自身、「イングリス」でい続けることに、もううんざりしていたからだ。
変化も、現状も受け入れられない。ダンケはずっと板挟みにされていた。
バートが明日はどうしようかと楽しみに耽って考えている間、ダンケは明日こそどうにかしようと思い悩んでいたのだ。
眼下の親戚は、もう、限界だった。
バートにはそれが不思議でたまらなかった。
「どうして怒らないんだ?」
「…」
「ここまでされたら俺だったら怒る。お前はなんにも悪くない」
「…」
「これは立派な人権侵害だ。振りかざしても無視される権利は振り回せ。やり返すなり逃げるなりするんだ」
「……」
「お前は臆病者だよ。ここまでされているのに、"一番大切な自分"を守る為の手段を何一つ選べやしないんだ。最低限、それだけは出来なくちゃ生きていけないよ。生きようとしなきゃ死んじゃうんだよダンケ」
「……」
「外の意地悪なあいつらやお前の家の昔話なんて、俺は気にしないぜ。俺が怖いのは、俺のこの腹立つ気持ちが、お前ん家みたいになんにもしないことでダメになることだ。俺は自分を諦めたくない」
「……」
「逃げもせず反抗心も見せないのは、あいつらのやっていることを許して、それに同調するのと同じことだぞ。一生ものの傷をつけられて、まだ傷つけられるつもりか」
「……」
「お前は、自分がそんなになるまで痛めつけられているのに、黙って悲しい顔をして、今も、いつつくかもわからない自殺の決意か、いつ来るかもわからない救世主を待つだけか。お前の問題だろ。死にたいなら手伝ってやるよ。世直しで外のヤツらも道連れにしてやろうぜ。死なないなら俺が助けてやるから、せめて俺を巻き込むだけの勇気を出せよ。俺の答えを待つだなんて、あまりにも無責任で卑怯だ。選ぶのはお前なんだよ、ダンケ」
ダンケはまばたきもせずにバートを見つめていた。