9くち 17
…
その日もその家は風化した姿で建っていた。
家の中はなにも無くて、埃だけがあちこちを舞っている。
近所の子供たちはしばらく戻ってこなかったダンケに警戒することを忘れたらしく、見つかることなく家の中に入ることが出来た。
だからか、ダンケは随分落ち着いた様子でバートと言葉を交わした。
「広いなお前ん家」
「ど腐れ貴族の見栄っ張りだよ」
「なんにもないな」
「でかいだけ。必要なものはなにもなかった」
「そうか」
「最初の親は俺を遺して消えた。次のママは金。パパはドラッグを遺して消えた」
「…そうか」
「次は何を遺して消えると思う」
その質問と同時だった。
開けっ放しだった扉から、カラーボールが飛んできた。
扉の前に立って、家内のダンケを見つめていたバートの背中に、弾けたカラーボールの塗料が一杯に広がる。
衝撃で前のめりに倒れそうになるが、ドア枠にしがみ付いてなんとか持ち堪え、すぐに扉を閉めた。
同時に、扉が一斉にカラーボールとペイント弾と口汚い言葉で叩かれ始める。
てっきり忘れ去られたものかと思っていたダンケは、驚いた顔をして扉を抑えるバートを見つめていた。
バートもポカンと口を開けて、濡れた背中を閉めた扉にぴたりとくっつけている。
次第に扉を叩く音は静まり、子供たちの声は遠のいた。
二人は呆気にとられた顔をして、しばらく沈黙していた。
それを破ったのはダンケで、眉間に皺を寄せて、ぶら下げていた両手を宙に浮かせ始める。
ああ、この血が。
この名が。
この俺が。
ダンケは頭を抱えたかと思うと、髪の毛を引っ張り始め、呻き声を上げた。
「………おかしいのは俺の方だって分かってるよ。でも、お前みたいに生活する自分なんて考えられない。だってそんな俺なんて変だよ。これが俺なんだもの。なんでこうなっちゃったんだ?なんでパパはあのままでいてくれなかったんだ?そうしたらなにも変わらなかったのに」
膝から床に崩れ落ちるダンケは、手をついた場所の床板を引っ掻くようにして取り外す。
手を突っ込んだ床下から、ダンケは水の詰まった袋を引っ張り出した。
「分かってたよ。次の親はなにを遺すかじゃない。俺がなにを遺すかなんだ」
水の詰まった袋には、銀色のパウチがいくつも沈んでいる。
パウチには「ロッカシック」と綴られている。ドラッグだ。
「バートラント、あんたならどうする?」
今まで散々悩んできたのだろう。
床板は何度も外すのを繰り返した形跡が見られる。
「パパがよその家の裏庭に埋めていたドラッグを、掘り起こしてここに隠したんだ。俺のドラッグだ」