9くち 13
メルナード夫妻は、娘に会うからついておいでとダンケを外出に誘うものの、「どこにも行かない誰とも会わない」と彼が首を振るので諦めて、娘を家へ招くことになった。
メルナード夫妻の娘は、車に乗って夫と息子二人を連れてメルナードの家にやってきた。
娘とその夫を、日国夫妻とする。
メルナード夫妻は日国夫妻に、自分たち夫婦が遠い親戚の子供を育てることや、ダンケがとてもデリケートな状態にあることを説明した。
その間に、ダンケは日国夫妻の息子二人―――バートとマシューに出会った。
部屋にこもり、知らない人の気配に怯えてベッドの下に隠れるダンケを、勝手に部屋に入ったバートが覗き込む。
「よう兄弟。なあ俺バートラント。バートって呼んでくれ。かくれんぼをしているのか?」
屈みこんでベッドの下を覗くバートの横から、マシューもやってくる。
床に体をくっつけて丸くなる少年が三人いた。
ダンケは幽霊や怪物でも見たように真っ青な顔色をして、反対方向からベッド下を抜けると、部屋から飛び出して家中の曲がり角に衝突しながら納屋へ逃げてゆく。
物音に気付いたメルナード夫妻がダンケを迎えに行っている間、バートとマシューは日国夫妻に叱られることになった。
興奮して自分の髪を引っ張り、ぶつぶつと何かを呟きながら、納屋の中を一心不乱に円を描くようにして早歩きするダンケをメルナード夫妻が宥めるのに、実に四十分もかかった。
そのメルナード夫妻が戻ってくるまでの四十分間を、バートとマシューはずっと叱られていた。
落ち着いたダンケが戻ってくると、メルナード一家と日国一家が集まったリビングで、それぞれ挨拶をした。
ダンケは唇を噛んで自分の太腿の薄い肉をつねって体を忙しなく揺らして、照明が眩しいのか何度も力いっぱいまばたきをしてずっと黙っていた。ソファに座ってその場にいるだけで精一杯の様子だ。
ダンケの様子を見て遠慮するマシューとは違い、バートはそれでもダンケの方へ踏み出してゆく。
父親に止められても、バートはダンケの顔を覗き込んで笑っていた。
「なあ、俺バートラント。遊ぼうぜダンケ」
突然顔を近づけてきたバートに興奮して、ダンケは悲鳴を上げて腕を振り回す。
ダンケの振った腕が顔面に当たり、吹っ飛ばされたバートは大泣きした。
鼻血を垂らして泣くバートを見たダンケの興奮は一気に冷めた。慌ててバートに寄り添うと、服の裾を引っ張って鼻の下を拭いてやる。
決して、バートを可哀相だと思ってやったことでなければ、悪いと思ってやったことでもない。
小動物や魚を殺した時、夫妻はダンケよりも悲しそうにしていた。彼らのそんな顔は見たくなかったから、一刻も早く泣き止んで血も止めてもらわなければ困るのだ。