9くち 11
しかしダンケは最後に、やめられないことがあった。
イギリスに帰ることだけはどうしてもやめられなかった。
ダンケは一度、夫妻からサインを貰った渡航許可証を持ち、夫妻の兄妹の協力を経て、イギリスからダンケの荷物の引き取りや書類の手続きを行っている。
その夫妻の兄妹にその後も協力を仰ぎ、ダンケはたまの週末にイギリスとアメリカを行き来する生活を続けた。
インドア思考であるダンケが、唯一底知れない行動力を見せたのがこれだ。
往復代は、母の遺産金から捻出した。
帰巣本能とも、ある種の強迫性障害とも言えるようなものだったのかもしれない。
まずは自分が産声を上げていたというコインロッカーへ。次に第二の両親の家へ。
しかしコインロッカーの方はしばらくして撤去されてしまった為、途中からは第二の両親の家にのみ通い続けた。
家はいつまでも残り続けた。
建てるのにも壊すのにも金がかかるのだから、自分が独り暮らしをする時はテントを住居にしようとダンケは考えた。
考えたものの、彼がその後、独り暮らしをすることはなかった。
彼の傍にはいつも誰かが寄り添っていたのだから。
イギリス…正式名称、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国。
イングランド、北アイルランド、ウェールズ、スコットランドの四国で構成されるイギリスで、その家は北アイルランドに建っていた。
外観は時間を少し遡れば、立派なものであったことが容易に想像出来る。
しかし、正義感の強い団体が、子供を虐待して妻を殺害した男の住まいを、短期間でこれだけ廃れさせる為にどのような仕打ちをしたのか、それは子供のダンケには想像も出来ないことだ。
広い庭、大きなガレージ、クソみたいな納屋、見た目ばかりが良い外観だけの美しい家。
今やどれもこれも風化して、子供の遊び場かホームレスの避難所にでもなっているのか、尚更朽ち果て、地団太を踏んだら崩れ落ちそうだ。
踏んでみたし叫んでもみたけれども、うんともすんとも言わなかった。思ったより丈夫だ。
そりゃあ、腐っても貴族の家だもの。
ダンケ・イングリス。
イングリス一族。
拠点はイングランド。イングランドでは名の通った富豪の一族であったと言う。
その富豪イングリス家の家長がドラッグに手を出し、一族は一気に転落。
一族は方々へ散るも、繋がりは深く、家長を筆頭に誰もがドラッグに手を染め、ろくでもない末路を辿っている。没落してから失うものが無い一族には、ドラッグは得るものに他ならなかったのだろう。
村が出来るほど人数の多くないイングリス一族は、ドラッグのおかげで急激に人数が減ってゆき、血も途絶えたかのように思えたが、方々へ散った一族はごく少数ながらも、貴族の意地でその血を守っていた。
その"方々へ散った先で生まれたのが、ダンケだった。"