9くち 2
「………」
言葉が出てこなくなってしまい、黙りこくって俯くマシュー。
同じように俯いてクロスステッチで針を操るダンケとは違い、マシューは自分の指を弄っていた。
「…お前たち二人にはクソみたいな問題が多いよ」
「すみません」
「嫌いじゃないけど女子供ゲイみたいでうざい」
「ごめんなさい」
でもたぶん今の発言はバートの産みのお母さんが聞いたら「差別だ」と説教をされると思う。
「面倒なことにも付き合うから、今回の滞在でお互い妥協し合って。お前ももう十七歳だろ。あいつだってもう十九歳なんだから。家族に対してちゃらんぽらんな態度をするのも、家族だとしても自立してゆく他人の生活に首突っ込んで引っ掻き回すのも、お前ら二人ともやめな。目障りだし耳障りだわ」
「分かった」
「期限は高校卒業まで」
「うん」
バートの家の管理だけならまだともかくとして、日本語学習にまで付き合わせている手前、ダンケが手綱を握ることに首を振れない。
頷くと、ダンケは通話を切ろうとパソコンのマウスに手を伸ばすので…。
「待ってダン兄。都合が悪くなかったらもう少し話そうよ」
引き留めると、ダンケは睨むように視線を上げて、パソコン越しから分かる範囲でマシューの背後を見つめる。
「俺と話していて良いの?バートは?」
「"日本で運転がしたい。でも国際免許証は持ってないから、申請する為に文書を送ってくる"って言って出て行った」
「事前に日本語勉強もしなければ、国際免許の申請すらせずにしばらく居座るつもりだったわけね。気持ち良いくらいの考えなしだ」
「怒る気力も失せたよ」
「でもあの人、日本の標識を読めるの?日本って交通ルールも厳しいでしょ」
「国際免許の話が出た時にしこたま叩き込んだし、あいつも珍しく真剣に勉強していたからなんとか…してほしい。当分は僕が助手席に乗るし」
マシューからしたら異母兄弟、ダンケからしたら親戚上がりの義理兄弟であるバートラントと言う男のやることには、いつも開いた口が塞がらない。
良くも悪くも。いや、悪かったことの方が多い。
結果を考えないと言うか。答えを分かっていないと言うか。見切り発車と言うか。
呆れもするが、一々考え過ぎて足踏みするばかりのマシューには、その無鉄砲さが羨ましいくらいだった。
「そんなことよりさダン兄」
「あ、そんなことよりもって言ったね」
「そんなことよりも!」
どこかで聞いたような会話だった。
「バートの話なんてどうだっていいんだよ」
「あ、どうだっていいって言ったね」
「ダン兄やめてよ」
「分かったもうやらない」
視線をまた手元のクロスステッチに戻して、淡い水色の糸を刺し始める。