9くち 1
9くち「一から再始のアーベーツェー!没落貴族-ゾール-とダンケ!!」
マシュー・デーとバート・デーが合わさった、「日国デー」が開催された週の土曜日の昼間。マシューは家内でパソコンと向き合っていた。
画面には通話アプリケーションのウィンドウと、日本に来てからは親の顔よりも見ている元親戚、現在は兄であるダンケの顔が映っている。
ダンケは俯いて、手元でクロスステッチを刺している。
クロスステッチとは刺繍の一つ。その名の通り、糸をXさせた十字縫いの技法のこと。ドット絵のようなシンプルでキャッチーなものとの相性が良い。
布目を目を細めたり眼鏡を虫眼鏡のように使って確認しつつ糸を交差させて、ダンケはマシューとの会話に応じていた。
次は歯磨き粉でも主食にしているのか、前見た時よりも痩せているような気がした。
「じゃあ、バガーラントのこと、正式に住まわせることを認めたんだ?」
「ダン兄が僕の住所をバートに教えなければ、こんなことにはならなかったんだけどね。なんで教えたの?」
「俺がやったことを分かろうとする前にあいつのことを知りなよ。お前が自分のことで悩んでいるのは皆が知っているけれど、お前は皆の事を何も知らないでしょ」
ダンケが狩人ならば、今頃自分は彼の銃弾によって絶命していたところだ。
痛いところを突かれたと、苦い薬でも飲まされたような顔になるマシューとは違い、ダンケは知らん顔で針を刺している。
そのダンケの頭の中では、バートとの会話が響いていた。
"「舞台以外にも仕事をするようになったの?今まで舞台一本に絞っていたのに」"
"「何かやっていないと落ち着かないんだ。日本に行く計画ばかり考えちまう。それじゃいけない」"
"「前は会いたい会いたいって散々言っていたのに、やめたの?」"
"「やめたい。俺も自立するタイミングだと思うんだ。マシューだって一人で頑張っているんだ。俺も一人でやっていけるようになりたい」"
それから、モデルやドラマ出演など、順調に活動を続けていたバートではあるものの、しばらくして、彼は舞台で怪我をした。
リハビリをしても結果が芳しくない状態が続いたが、結果として回復は出来た。
しかし、その期間で彼の考えは変わったようだった。
リハビリすら出来ない時に、似合わずに"考えすぎてしまった"のだろう。
家で一人、風邪で寝込む寂しさにも似た気持ちになり、それがバートには耐えられなかったのかもしれない。
"一人で頑張ってみる"と言う決意は、"今日も兄弟に会いたい寂しさ"に勝ることのない、首の皮一枚で繋がっていた脆い決心だったのである。