8くち 18
察することは出来ても、察し合いの習慣なんてまず無いアメリカ。
話したことが全て。口に出して伝えなければ理解し合えないアメリカ。
話し手に責任があるローコンテクストな言語・英語を主に扱う、アメリカ。
自分の読みが正しいかどうかはともかくとして、察し合おうとする日本。
全てを口にせずとも、状況や背景で相手の意図を理解する、した気になる日本。
聞き手に責任があるハイコンテクストな言語・日本語を扱う、日本。
バートがよく喋るのも、言葉を一々オブラートに包まずに素直なのも、度々補足をするようにジェスチャーを交えるのも、そうやって伝えなければマシューが理解出来ないと思っているからだ。
きっと、ハイコンテクスト文化で育つ人間同士なら、もっと洒落た言い回しで心を伝え合うのだろう。
しかしマシューにとっては、小細工無しのバートの言葉が、今はずっと良いもののように思えた。
ありのままの心からの言葉を、理解したいと思った。
「来い」
バートの言葉を聞き終え、少しの沈黙があってから、マシューは背を向けて歩き出した。
もうアパートは目の前だ。
敷地内に入り、階段を上ってゆく。
言われた通り、バートも少し遅れてついてくる。
借りている部屋がある二階についてからもマシューは次の階段へ向かった。バートはてっきり部屋に戻るのだとばかり思っていたから、二階の廊下を歩きかけて、すぐに階段へ引き返す。
このアパートに三階は無い。あるのは屋上だけだ。
マシューは屋上に続く鉄扉を前にして、キーリングにつけている自室の鍵の隣についている、もう一つの鍵を使って開錠する。
二人は屋上に出た。
屋上からは夕焼けがよく見えた。虫の鳴き声が聞こえて、昼間よりマシになったぬるい風に風情を感じて耽っていても、マシューはずんずんと歩いて行ってしまう。やはりその尻を追いかけた。
そしてマシューが立ち止まっている場所に着いて、それを見つけた。
ベッドや布団のシーツを干す為なのか、高く設置された物干し竿以外には何もないと思われた殺風景な屋上に、大きめのプランターがいくつか並んでいた。
隣には腐葉土の袋、シャベル、軍手などの園芸用品が袋詰めされて置かれており、風に吹かれてビニール袋がガサガサと音を立てている。
「マシュー…?」
「今、花を育ててる」
「……」
「ガーデニングは、僕の昔からの趣味だ」
「知ってる。マムとよく一緒にやっていたよな」
「ああ。その趣味を、ようやく再開したんだ。日本に来てしばらく経つけれど、まともに趣味に手をつけたのはつい最近だ」
プランターは真っ新だ。
土が平らに敷き詰められていて、なにも生えていない。土だけのプランターが横並びになっていた。