8くち 17
J'sと言う病気と生きていくバートにとって、学生時代なんて経験のないことだった。
ずっと自宅学習だったから、すぐに終わるのか長く感じるものなのかなんてわからない。
優しい母の慰めも逞しい父の提案もバートにはよく理解出来なくて、大嫌いな苦い粉薬よりも呑み込み難いことだった。
それで何故自分に話してくれなかったのだろうか。どうして事後報告になったのだろうか、自分だけ。
反対なんてしないのに。寂しがって駄々は捏ねても、きっと最終的に納得してみせることが出来た。だって今、マシューの日本行きに納得しているもの。
それでも話してくれなかったのは、マシューが自分を嫌いだからなのだろうとバートの中で答えが出た。
バートが出した答えに説得力を持たせるように、来日初日のマシューの態度は歓迎とは程遠く、答えは確信出来るものとなった。
「日本に旅行に行こうって提案もした。俺一人で行くって言ったこともあった。でも、ダッドもマムも"マシューを一人にしろ"って言うばっかりで聞き飽きた。自立すれば口出しされないと思っていたから、俺の産みのマムから別荘を譲ってもらえるって提案がやってきたのは本当に最高のタイミングだった。ダンケは俺のやることに反対しないから家のことを任せて、手続きを踏んで、ようやくお前に会いに来たんだ。ちなみに住所もダンケに聞いた」
日没にはまだ時間がある。
朱色の陽光が、バートのくすんだブロンドと同じ色をしていた。
「俺がここまでしているのに、たったの一度も手紙も電話も寄越さない。家族なのにまるで敵だ。他人ですらこんな酷い仕打ちは受けないさ。それに、ようやく会えたと思ったら"帰れ"だ。お前は、俺にはちっとも優しくないよ」
長く長く喋り続けるバートは、悲しそうでも怒っているようでもない。口調が穏やかで、責められている気がまったくしない。
これもやはり、"過ぎたことだ"と笑い話のように口で語り、しかし、"失望した"と冷たい眼差しが語っていた。
周囲やマシュー本人の対応が、あまりにバートの意思を無視するものだった為に、虚しさのあまり、寂しさのあまり、期待することも希望することも諦めた、冷めた眼差しだった。
「俺は勝手なことをするし、迷惑ばかりをかけるから、いつもお前が怒るのも分かるんだ。最初にお前が言った通り、家に置かせてもらっているだけ、ありがたいと思うよ。だから、今日みたいにマシューが優しいと、嬉しいんだ。両手を広げて歓迎してもらえるなんて思っていないからな。饒舌にもなるさ。お前にとっちゃ俺は好きな家族でもないし、邪魔だとも思っているんだろうが、俺はお前が好きだ。独りよがりだとしても、楽しくなっちゃうんだよ。俺だけは嬉しいのさ。舞い上がりもする。俺は家族があってこその男なんだ」
バートはそれ以上話さなかった。
言いたい事は言った。お前は優しくない。でもお前が好きだから会いに来た。それだけを伝える為に、バートは饒舌に語った。
日本人同士ならもう少しまとまった話し方が出来るだろうか、とマシューは考えた。