3くち 1
3くち「夜逃げしたい朝!不安だ!不満だ!不可能だ!!」
「無理に決まってる!こんな狭い一ルームのアパートに三人?いや、べラ姉は邪魔にならないから良いけれど、無理だよ絶対無理!第一生活用品だって一人分しかないし、お金だって父さんと母さんからの仕送りと翻訳のアルバイトで切り詰めてやっているんだから!」
「挑戦する前からそんなネガティブでどうする。不可能か可能かも後悔も満足も挑戦してからするべきだ」
「やる前から分かるから言っているんだよ!無駄に体力消費したくないの!お金だけじゃなくて時間も切り詰めて生活しているんだ!」
「挑戦していないヤツに結果を分かったようなことを言う資格は無い!時間はいくらでもかけるべきだ。ただ悪戯に時間を積み重ねることを人生経験とするのはあまりにお粗末な発想だが、挑戦の為の時間はたとえ結果が失敗に終わろうとも手を尽くしたのなら有益極まる人生経験になるからな。俺の為に挑戦してくれ。それに、生活用品なら持ってきたぜ!」
「ああ!もう!」
なにを言っても「こうだ!」と言い返してくるバートに、マシューは悲鳴を上げて頭を抱えた。
そうしている間に、バートは帰宅したばかりで疲れているマシューなんてお構いなしに、滑らかな音程の鼻歌を聞かせながら、キャリーケースを広げて中身を取り出しにかかる。
げんなりして反らした視線の先の外は、真っ赤な夕焼け空だった。
「肌着も着替えもタオルも歯ブラシも持ってきたし、ロケットパワージェットパックとハーモニカ……えっと、えーっと、1ガロンの柔軟剤!俺愛用!」
「皿、スプーン、フォーク、コップ等の食器類はどうした?」
「…んー、無いかも。ケヘッ!」
「かもじゃなくて無いんだろォ…?オモチャ持ってきて必要なもんは何故持ってこんかったんじゃワレェボケコラカスゥ…あばさけんなまオオ?」
「エハハハ!じゃあマシュー、明日買い物に付き合ってくれよ」
「帰れよ!そもそもなんで来たんだよ!」
「顔を見たくなったんだ。十歳になってからお前熱心に勉強し出して、同じ家にいるのにあんまり見なくなったし、かと思ったら日本に行っていたんだから。寂しく思わないわけがないだろ?大事な家族だぜ?」
「うぅわ超鬱陶しい」
頭が痛い。"頭痛が痛い"と重言しても良いくらいにズキズキする。
邪険に扱うマシューだが、バートは嬉しそうにニコニコと微笑んでいた。