8くち 3
「今まで聞かなかったけれど、…父さんたち、元気にしてる?」
「してるよ。俺らがさっさと家出たから、前よりも二人で仲良くやってるだろ」
「バートも家出たの?」
「そりゃ出るさ。独立精神溢れるアメリカ人だぜ?俺を産んだ方のマムが別荘を譲ってくれてさ、一軒家なんだ。今はペットと一緒に暮らしてる。タコのハニーダリーと犬のバーゼルだ」
思わず手に持っていたフォークを取り落としそうになってしまった。
力が抜けた手から、フォークの先が音を立てて皿にぶつかったものだから、慌てて握りなおした。
「そんなこと言ったって、お前…J'sって病気もあるだろ?」
「ああ、まあ、その時は、その時だな」
「…」
「生まれつきの疾患だし、制限も多くないから、家族と一緒に暮らしていても一人でいても大して変わらないんだ。ダッドとマムは突然死するかもしれないし、しないかもしれない俺の死に目を気にするよりも、俺が自立して自由に自分らしく生きることを選ばせてくれた。…大丈夫。実家には近いし、皆頻繁に出入りするから、腐る前に見つけてもらえるよ。ずぇははっ!」
そういうことを気にしているのではないけれど、もっと言いたいこともあったけれど、本人がそう言う以上、マシューが口に出来ることは何一つ無かった。
なんだろうなあ。ドライと言うか、あっさりし過ぎている部分が昔からあるんだよな。
アメリカ合衆国の俳優、ジェームス・ディーン曰く、「思うがままに生き、後悔なく死に、亡骸は美しいままに」
もう一つ、ベルギーの小説家、ジョルジュ・シムノン曰く、「私は生きることが大好きだから、死を恐れない」
マシューの予想でしかないが、バートはそのような世界で生きている気がする。
諦めて自棄になって、開き直っているのではなく、理解しているからこその、この態度なのだろう。
生も死も、いつだってすぐそこにあるもので、後から突然現れるものではない。どちらも日常に寄り添って、誰もを蝕んでいることを、自分の事を「頭が良くない」と言いながらも分かっている。
死を恐れてばかりいては、生きることを理解出来ないと分かっている。
だから、「貴方はいつか死ぬ」と言われても、「貴方は明日死ぬ」と言われても、バートは変わらないような気がするんだ。焦りもしない。嘆きもしない。
ただ、限りなく生き続けるかのように、ある限りの一生をかけて平然と死んでゆくのだろう。