8くち 2
「朝飯、出来た」
「…?……あい」
何故朝食が用意されているのかさっぱり。
だって自分が作らなきゃあるはずがないもの。
不思議そうな顔でまばたきを繰り返して、バートはテーブルを見やる。
湯気を立ち昇らせるスープと、パンケーキの上でとろけた少量の生クリームとバター、山盛りのサラダが視界に入り、一気に意識が覚醒したようだ。
顔色が明るくなったかと思うと、膝までかかっていた毛布を払いのけてテーブルの前まで這い這いで進んだ。
「わぁ」
唾を飲み込む音がマシューにまで聞こえたかと思うと、欽ちゃん走りさながらのチャーミングな走り方で洗面所にすっ飛んで行った。
なんでアメリカ人にその走り方が出来るんだ。
まさか父が教えたのだろうか、と、父の入れ知恵を素直に吸収したのかもしれない兄を想像すると、なんだか可笑しかった。
綺麗に畳まれたマシューの布団の横で、皺くちゃになって転がるバートの布団を畳みながら、彼の身支度が整うのを待つことにした。
マシューが布団を丁寧に畳み終え、テーブルを部屋の中央にずらし、読書をしながら待つこと数分―――歯磨きだけではなく肌の手入れもバッチリ済ませたバートが爽やかな顔つきで居間に戻ってきた。
"「遅い」"
と言おうと思ったが、辞めた。
「早く座りな」
「ああ」
テーブルの向かいにバートも胡坐をかいて座ると、相変わらず言えていない「いもだてぃます」の挨拶をして、フォークを手に持った。
マシューは今日も「"いただきます"ね」と正しい発音を披露するが、バートは自分が言えていると思い込んでいるので、不思議そうに「うん?」と首を傾げた。
馬鹿らしくなって来るも、指摘せずにはいられない。
だって間違っているものは間違っているんだもの。正しいことを押し付けることは正しいことではないけれど、誤りを正さないのは間違いだ。
「バートはまず日本語の発音に慣れていないんだから、一音一音区切ってでも良いから、舌の動かし方と口付きについてじっくり学んでみたら?」
「教えてくれるのか?」
「ダン兄に教わってよ。バートの面倒なんて見ていられない」
バートは「なぁんだ」とぼやいて、クルトンをボリボリ噛み砕いていた。
マシューもコンソメスープが染みたじゃがいもをよく冷まして頬張る。
「ところで」
「んぁ?」
皿の端に添えていたイチゴをパンケーキの上に移動させていたバートがこちらを見上げる。
よそ見をしたから途中で転がり落ちていた。