8くち 1
8くち「一人暮らし万歳!土に植えた家族愛!!」
翌朝。
目覚ましの電子音より一分早く起きて、マシューは時計を止めてから起き上がった。
いつものように眼鏡を探して顔に持ってくると、隣のバートを見る。
寝乱れた格好で、今も尚快眠にある兄の顔面に向けて、自分の枕を振り上げた。
「…」
振り上げたまでで辞めた。
頭の高さまで上げていた枕を、静かに自分の胸元に持ってゆき、その寝顔を見下ろす。
昨日は死んだと思っていた顔が、今は生きていると思える顔にしか見えない。
「……」
枕を置いて、布団を畳むと、マシューはカーテンも開けず音も立てずに洗面所に向かった。
顔を洗う時も、歯を磨く折も、マウスウォッシュでうがいをしている間も、いつもの朝よりマシューは静かだった。
そして今日も一度だけ部屋の外へ出ると、五分もしない間に帰ってきて、キッチンに立った。
バートが保存していたパンケーキの粉袋を開けて、冷蔵庫から牛乳と卵を取り出す。
卵を割る時も、マシューは一度廊下に出て、居間からなるべく遠いところで、自分の拳に向かって卵を振り下ろしてヒビを入れた。
そうしてまたキッチンに戻ってきて、慎重に慎重を重ねた上に更に静粛に、ボウルに中身を落とした。泡だて器で混ぜる時も、ガシャガシャと音が鳴っていたのは玄関前だった。
三十分後には室内に控えめな甘い香りが漂い、テーブルにはフルーツが添えられたパンケーキ、クルトンが振り掛けられたシーザーサラダ、とうもろこしとじゃがいもとウィンナーのコンソメスープが並んでいた。
マシューにとっては、久しぶりにまともに料理をした日だった。昨夜の料理は納豆を仕込んだ悪い料理だったので、まともに料理をした、とは言わないのがマシューの考えだ。
いつもはインスタント食品か、納豆と味噌汁か、そこに魚を加えるか、と言ったもので、真面目に取り組むことは多くなかった。
バートに"まとも"な手料理を振る舞うのも、もしかしたら初めてかもしれない日だ。
真面目に取り組むことが多くなかったとしても、料理の心得はある。しかし万が一にでも美味しくないものを、たとえバート相手にでも提供するわけにはいかない。何度も味見をしていたら、味見だけで少し腹が膨れてしまった。
自分の神経質さに呆れながら、マシューは既に快眠と言うより惰眠になりつつあるバートの方へ向かった。
服の中に手を突っ込んで脇腹を掻いていたのであろう兄を見て、やはり枕で叩こうかと思うも、屈みこんで肩を揺すった。
「兄さん、朝」
「……」
「バート、おはよう」
「うーん」
しかしそれでも起きなかった為、暴力的ではない起こし方として、パンケーキで使った濡れタオルを顔面にそっと載せると、バートはすぐに起き上がった。