7くち 5
…
「あ゛?」
何故だか体が安定しないような気がして、目を覚ました。
体が左右に揺れる。
子供の頃、父と母に眠っている間に車に乗せられて、早朝から旅行へ出発して、走行中に起きた時の感覚と一番似ていた。
父の運転と比べたらずっと優しい揺れだったけれど、よく揺れる車だ。
しかし、バートがそれを車なのかと疑ったのは、水が耳元で跳ね返るチャプチャプと言う水温が聞こえたからだ。
マシューに起こされる朝よりも早く覚醒したバートは、目の前の光景を、美しいと思うよりも不気味だと感じた。
満点の星空が広がっていた。アメリカの自分の家でいつもプラネタリウムを投影しながら眠っているけれど、比較にならないほどの星々がひしめき、煌めいている。
真っ暗で、月も無い星空が頭上一杯に広がる。
遠近感が曖昧になる世界だった。手を伸ばせばすぐに星空の天井に触れられそうなのに、同時に、とても手の届かない場所のようにも思えた。
それが何故だかとても怖くて、まだ体を起こさないで左右を見ると、自分が仰向けに横たわっているのが、木製の狭いボートの上なのだと分かった。
これもやっぱり何故だか、バートは起き上がらずとも現状に気付いた。
ここは海だ。広大な海。終わりのない海。陸地の無い海。
これはボート。木製のボート。ボロのボート。一人分の、棺桶みたいなボート。
瞳孔が揺れる。冷や汗が噴き出す。
海なのにさざ波の音は聞こえず、このチャプチャプと言うボートに跳ね返る小さな水の音は、自分が乗って息をしたり頭を動かしているから発生している音で、ならばつまり、自分が何もしなければ、今ここは無音になる。
真っ暗の星空。漂流したボート。果てしない海の上で一人。
「………」
その時バートの中にあった感情は、怯えだけだった。
体は硬直し、目を閉じることも自分の意思で上手く出来ない。
青褪めた顔で、バートは美しい星空を見つめていることしか出来ない。
対面にはたくさんの星があるのに、バートは一人ポツンと死体のように横たわっていた。
その時、突然強烈な波音がしたかと思うと、波の衝撃でボートはひっくり返り、バートの体は海に向かって放り出された。一瞬だけ宙に浮いたバートが見たのは、波の一つも無い穏やかさで、星の煌めき一つ反射しない真っ暗な海面だった。
海中に沈むと、やはりそこも真っ暗で、バートはようやくもがいた。体が動くようになった。
水を蹴って海面へ上がろうとするが、上昇している気がしない。口内一杯に海水が流れ込んで咳き込む。
足元を見ると、バートは目を見張った。