7くち 4
「だけども、これから知っていけばいいんだな!日本人だって生まれた瞬間から日本人だって自覚があったわけじゃないし、日本語も話せたわけじゃないぜ!俺は生まれた瞬間に、マムに向かって"Hey babe"って言ったらしいけど、俺はビックでマルチなエンターテイナーだから、例外だぜ!」
「エンターテイナー関係なくない?」
「外見はスイス人のグランパの若い頃にそっくりらしい半日本人一年生、半アメリカ人十九年生の俺、前向きに取り組んでいくぜ!」
そうして、日本の昼頃はアメリカのダンケが眠たくなる時間。
欠伸を連発して目を擦り始める彼の、正しくなりつつある生活習慣をまた狂わせるわけにもいかず、二人は別れの挨拶を交わしてパソコンの電源を切った。
昔のダンケは酷かった。三時になっても四時になっても、顔に深い隈が出来ていると言うのに、眠らずにずっと家の中をうろついていたのだから。
今や零時近くになったら「眠たい」と言って素直に就寝してくれる。寝床選びは雑だけれど、きっとそれも長く付き合っていく内に、安心出来る定位置を彼なりに見つけてくれるはずだ。それがベッドの上であってくれれば、バートは諸手を上げて喜ぶだろう。
「よーし昼飯昼飯」
また軽くストレッチをしてから、昨日にマシューとの買い物で買ってきた食パンに、ハムとサラダの残りとマヨネーズを挟み、ポテトを揚げて塩を塗す。あとは食後のヨーグルト味のカップアイスもテーブルに並べた。
料理が並んだテーブルに、ベッラの写真も立てて、一緒に食卓を囲った気持ちになるのがバートの昼食の光景だ。
「昨日はバート特性野菜大盛りトルティーヤだったから、今日はサンドイッチとポテトとアイスで楽チンに済ませたぜ!ベッラも好きになってくれると思うぜ!」
ハキハキとした発声が、一人の室内に反響してやけに大きく聞こえる。
その中で更に、パチンと合わせた掌から鳴る音が、また甲高く響いた。
「いたのきわーす!」
サンドイッチに噛りつくと、かけ過ぎたらしいマヨネーズが横からはみ出してくる。ぼたぼたと垂れてくるそれを、サンドイッチを載せてきた皿に落としてしまえば良いのに、掌で受け止めてしまった。
「あーやるんじゃなかったぜ!」
咄嗟に行動してから後悔しては、ティッシュで掌を拭きながら「可笑しいだろ?」とベッラの写真に笑いかける。
きっと彼女は笑ってくれる。こんなくだらないことにも、自分を馬鹿にしながら愛らしい顔を向けてくれる。一歳差の、仲の良い兄妹のはずだ。
彼女の大きくなった姿なんて、頭部の産毛すら生え揃っていない赤ん坊の写真だけでは、全く想像がつかなかったけれど。
「……」
でも……。どうしても……。
いいや、言わないでおこう。
静まり返った室内で、バートは咀嚼を辞めた。
窓の外が明るくて、レースカーテン越しの太陽光が暖かくて、食欲が失せたバートは、食べかけのサンドイッチも、せっかく揚げたポテトも、出しておいたヨーグルト味のアイスも片付けると、窓際で寝転がった。
「はあ…」
行きたいところもやりたいことも無いまま、酷く眩しい外に、瞼を閉じた。