7くち 2
ベッラの写真の前にもワッフルを一つ置いて、バートとマシューも朝食にありついた。
「昨日の夜に食べないで良かった」とにこやかに言って、ヨーグルトを二つ持ってきたバートは、マシューの前に一つ置いた。
「ヨーグルト、あとちょうど"二人"だったんだ。マシューも食べようぜ」
「ありがとう。でも、二"個"ね」
「あー………あ?」
「"人"は人間の数を表す助数詞。"個"は物の数を表す助数詞。人は個の一部ね」
他にも指摘したい部分はあったけれど、あえて黙っておいた。
バートは納得したらしく、甘くないワッフルを咀嚼してうんうんと頷いた。
日本は助数詞が豊かだ。豊か過ぎるほどに。ダンケとの日本語勉強がどれだけ進んでいるのかはマシューが与り知らぬところだけれど、日本人ですら扱いきれない日本語の、しかも助数詞となると難易度はだいぶ高いのではないだろうか。バートがいくら日本語を学んだとしても、いつか使いこなせるとは到底思えない。
うっかり「仕方ないよ。こればっかりは凄く難しいから」とバートをフォローしてしまったけれど、もしかしたら今のは甘やかしだったのでは、と振り返るマシューだった。
朝食を済ませると、バートはベッラの写真前から下げたワッフルを食みながら、学校へ向かうマシューを手を振って見送った。
「今日は生徒会で遅くなるから、先に銭湯へ行って夕食の準備を済ませておいて」と言われたことは、忘れないようにしようと思った。
さて、マシューが出かけてからだ。バートの一日が始まるのは。
寝間着から軽装に着替えて、マシューが回していった洗濯機の中から衣服を取り出して、ピンチハンガーにかけたら、物干し竿に下げる。
次にストレッチ。バレエ教室で教わったストレッチだ。
関節を重点的に動かして、稼働しやすいようにしておく。
これを毎日きちんと行わなければ、全身の関節の可動が鈍くなって上手く動けなくなるのだ。幼少期は正座をしたら立ち上がれなくなり、両親に膝を伸ばして貰ったことがあるし、一人じゃ服のジッパーも上げられず、ボタンを留めることも出来なかったし、テーブルの下に落としたビーンズを指で拾えなくて両手で掬ったものだ。
その日も十分なストレッチをしてから、バートはパソコンの前に着いた。
いつも通り、"japan8639(ジャパンハローサンキュー)"のパスワードを打ち込み、通話アプリケ―ションを開いたらダンケの名前に発信した。
ワンコール目が終わらない内に、パソコンの画面にダンケの白い顔が映った。今日もまたパソコンを弄っていたのだろう。
既に筆記用具はテーブルの上に広げていた。