6くち 5
「この作品の肝は、日国が演じる"カフカ・カートランド"だよ。準主役だけど、ほとんどこいつが主役と言っても良い。光五雨が演じる"ロマン・ハース"よりも出番あるからね。カフカはとにかくプライド高い。役者として実力は十分に備わっちゃいるけど、いかんせん、"弁える"ってことを知らないから、物凄く高慢ちきだよ。だから誰も彼を主役になんかしたくないのさ。愛想のないヤツに作品の看板持たせられないからね。その彼が散々端役裏方をさせられて、遂にブチ切れる。しかも最悪の手段を用いてだ。自分の欠点なんて振り返りもせずに他人に怒りをぶつけるクソだ。そのクソの自尊心が崩壊していくまでの、錯乱して狂気的な部分を日国なりに表現してほしいから、よろしこ」
なかなか難しい注文だった。
とりあえずその場では頷いておいて、マシューはもう一度台本を読み返しては、カフカの人間性をもっと知ろうと思った。
読み合わせをもう一度行った後は、今年から始めた死刑台シリーズの第三作目「電気椅子の黒闇天」を、マシューと同期の道風 コフィと種池 梅が通し稽古をするのを横に、役者兼メイク担当のマシューは、必要なメイク道具の確認とメンテナンスを行い、一日の部活時間が過ぎて行った。
ちなみに通し稽古とは、本番通りに中断無く行われる稽古のこと。ゲネラールプローベとも呼ばれる。
志士頭演劇部は、普通の高校と比べたらずっと演劇部の公演回数が多い。
一年に六回~八回ほど、全く違う作品を公演するのだから、いくつかの作品を同時に稽古するのはしょっちゅうだ。
スポーツ校として名を馳せる志士頭は、芸術系部活の代表格として演劇部を推していて、ことあるごとに舞台をやらせてくれる。生徒らも公演中は勉強をせずに居眠りが許されるし、面白かったら熱中して見られるし、演劇部の舞台を心待ちにしている生徒は良くも悪くも数多い。待ち望まれないよりかはずっと良いはずだ。
今年は既に「くゆる街におれる」と、死刑台シリーズの「絞首台のてれ雛」「断頭台のスコッチ」が公演され、今後も引き続き死刑台シリーズの「電気椅子の黒闇天」「ガス室の桜」が公演予定だ。ガス室の桜ではマシューが脇役で出演する。
そして死刑台シリーズの四作が終われば、最後に、「汚名なるウェル・メイド・プレイ」。
いくつもの舞台を掛け持ちするのは、二年生になってもなかなか慣れないことだった。
パンク寸前の頭の中で情報を整理しては片隅に綺麗に積み上げて、落ち着く間もなく次に進む。それでも、これが自分の選んだ場所で選んだ道で、選び続けたい生き方だ。
マシューは疲れてきた目を閉じ、瞼を掌で温めて休ませると、自分のやるべきこと、やりたいことへと、もう一度目を向けるのだった。