6くち 1
6くち「汚名なる生き写し!私を見ろ!私こそを!!」
ドイツ生まれのスイスの作家である、ヘルマン・ヘッセ曰く、「我々がある人間を憎む場合、我々は彼の姿を借りて、我々の内部にある何者かを憎んでいるのである」
新しい朝が来た。希望の朝だ。
バートが来てから二週間が経った。
一週間前にタバコの件でこっ酷く(マシューにとっては中途半端に)叱られ、懲りに懲りたバートは、口寂しさを紛らわせる為に時々棒付きキャンディーを舐めて、この一週間、タバコを一本も吸っていない。
元から一週間に一度吸うか吸わないかの頻度だったらしく、禁煙もあまり苦ではなさそうだ。
マシューが手元に数箱管理しているものの、そろそろこれも捨ててしまおうかと思案する最近だ。
心労が減って、ついまたお人好しな甘ちゃんの性格でバートに気を許しそうになってしまうけれど、もう期待などするもんか、とマシューはちょっとやそっとのことでは気持ちが揺るがないよう努めた。
そうだ。バートには厳しいくらいがちょうど良いんだ。
今まで散々甘やかされてきたんだ。僕くらい弁慶を蹴るヤツが一人いた方が良い。きっと。
そうして気を張って過ごした一週間の最後。
バートが日本に来たのが金曜日。タバコで叱られたのが一週間後の金曜日。それからまた一週間だから、やっぱり金曜日のことだ。
昨日からのドキドキがまだ収まらなくて、今日は朝練が休みなのに日の出の時間に起床し、嬉しさのあまり抱きかかえて眠っていた十数枚の紙の束を見た。
起きたばかりだと言うのに、目は冴え、意識もハッキリしていた。
ここ二週間の嫌なことなんて吹っ飛んでしまいそうだ。いや、もう吹っ飛んでしまったのかも。
だって、時間が経ったからなのかもしれないけれど、あんまり覚えていないもの。
紙の束はホチキス(またの名をステープラー)で留められ、一枚目にはパソコンで打ち出された美しい日本語フォントで、中央に四行だけ印字されていた。
"志士頭学園高等部 演劇部 公演作品
『汚名なるウェル・メイド・プレイ』
主演 光五雨 志正
準主演 日国 マシュー"
マシューの手元の台本は、レースカーテン越しに煌めく太陽よりも光り輝いて見えた。
今まで散々大事に抱きかかえて眠っていたのに、今一度胸元に寄せる。
志士頭学園に入学し、演劇部に入部してから一年が経った。
素晴らしかった。志士頭の人々は何から何まで粒揃いの精鋭達だ。
体験入部で初代演劇部の録画された舞台を見て、この部に入ろうと決めた。