5くち 13
一人暮らしのマシューの家の夜は、同じく一人暮らしのバートの家の夜と違ってとてもシンプルだ。
バートの家の夜では、天井を見上げると星が瞬いている。
購入したホームプラネタリウムで、いつも寝る前に星座を投影しているからだ。
それに睡眠用の夜風とピアノの音楽を、最低音量でタイマーにして流している。
沈黙が際立つマシューの家での生活は、バートにはまだ、もう少し慣れないものだった。
それに、ベッドより硬い布団にも、完全に慣れるには時間がかかる。
でも文句は言っちゃいけない。これがマシューの今の居場所なのだから。
本来なら、"マシューだけ"の大切な場所で、自分は居候の身分なのだから。
今日、それを悔やむほど実感した。
「マシュー」
マシューは返事をしなかった。
「今日はごめんな」
やっぱり返事はなかった。
マシューの方に向けていた頭をまた天井に戻すと、隣のマシューの方から布団の擦れる音が聞こえる。
マシューが背を向けたようだった。
そのマシューが、
「いつから、タバコなんて吸うようになったんだよ」
話しかけてきた。
またマシューの方に首を向けるが、やっぱり背を向けていて、また天井に視線を戻した。
「最近かな。半年以上前」
「どうして?なにがきっかけ?」
「…俺、前十字靱帯を断裂して、今、長期療養中なんだよ。足のケガ」
隣から跳ね除けられた毛布がバートの顔面に当たったかと思うと、マシューはバートが被っていた毛布の足下をサッと捲った。
真っ暗だし、お互いまだ暗闇に目が慣れていないから見えるはずもなく、更に言うならば、マシューは視力があまり良くなくて眼鏡をかけているくらいだから尚の事見えるはずもなくて、もどかしそうに舌打ちをして部屋の電気をつけに行った。
明かりがついて眩しそうにしていると、「起きて起きて」とマシューが腕を引っ張りに来て、お互い布団の上で向かい合う。
「なんだって?」
一連の動作を終えて、ようやく会話の続きが始まった。
「簡単に言うと、前十字靱帯って言うのは膝の大切なクッションなんだけどな、それが切れちゃって、膝が使い物にならなくなったわけだ。だから、今は仕事を休んでここにいる」
「…本当に療養中だったんだ」
てっきり、この家に転がり込んで自分を篭絡させて連れ戻す為の嘘っぱちだと思っていただけに、思わず目を擦った。
目を擦ってもなにも起こりはしなかったけど。霞目が少しばかりマシになっただけだ。