5くち 11
「もういいよ喋るな!」
でもどうしようもないだろう。どれが正しい。どれを選べば僕と相手の為になる!
考えなしに行動出来たらどれだけ良いか。足踏みなんてしていないで、全部後から悔めたらどれだけ楽か。
思ったことをすべて行動に移せたら、それを行える実力や思い切りの良さがあったなら、…どれだけか。
僕にはそれが出来ない。だって僕には、"何処にいても貫き通せる自分"なんて、ないんだから!
板挟みにされて、眼球の裏でなにかがチカチカするような気がして、マシューはしばらく開けっ放しにしたカーテンにしがみついて深呼吸をする。
上手く息が吸えなかったのも、バートが静かにしていれば、段々と収まってくる。
そうして、落ち着いてきた頃には、"一過性の怒り"ではなく"一過性の許し"が芽生えてしまう。
マシューは、これが一番嫌いだった。
「もうどうでも良いから許そう」と思い始めてしまう。その場ではそれが何も考えずに済むし、相手が傷つく可哀相な顔も見ることなく、自分だけが我慢すれば済む一番楽な方法だからだ。でも後になってから「やっぱり簡単に許すんじゃなかった」と、また後悔するんだ。それを延々と繰り返す。相手は許されたこの一件を忘れて片付けてしまうのに、マシューはいつまで経っても、そこから抜け出せないままになる。
なのに、何度も繰り返してきたことだから、避けられない。ずっとこうやって生きてきたんだ。
馬鹿みたいに。
紫煙は抜けきっただろうと判断し、静かに窓を閉めて、カーテンも閉めて、バートを振り返る。
バートは、静かにこちらを見つめていた。眉は八の字に垂れ下がっていた。
被害者は自分なのに、しょんぼりしている相手を見ると何故だか感じてしまう罪悪感が嫌で、視線を彼の首の辺りに落とした。
「…家の中で吸ったら、家具にも匂いがつくだろ」
「……」
「もう喋っていいよ」
「ごめんなさい」
「酔っていたんだろうけど、それくらいの判断もつかなかったのかよ」
「吸いたくなって」
「ダン兄と飲んでたの?」
「うん。でも、あいつはタバコはやってない。タバコは俺だけ。何にも考えてなかった。自分のことばっかりで。俺…まだタバコ臭いよな…?」
沈み切った低音の声が二つ、室内に響くが、それよりも沈黙の方が引き立った。
話し合っているのに、沈黙の方が気になった。
それすら嫌で、結局、マシューはいつもの手に出てしまう。
ツークツワンク。
チェスの用語で、"相手は意図していないのに、自ら状況が悪くなる手段を選ばざるを得ないことを言う。"
要するに、「自滅」だ。