5くち 10
「本当だよ!ここは俺の家だ!人ん家でよくもそんなこと出来るなお前!ここは僕のテリトリーなんだ!僕の宝物なんだ!生活費を払うからって偉そうな顔をするなよ!バートがいなくなったって俺は一人でも生活出来るんだからな!今すぐお前を追、おお追い出…、追い出すことだって出来る!お前の生殺与奪の権利を握ってるのは、ぼ、僕だ!ああもう!くそ!」
なんで躊躇うんだ!
なんで可哀相なんて思うんだ!
ええ格好しいめ!
泣きながら怒鳴り散らすマシューはバートを通り過ぎて、窓を開けて換気を始める。
紫煙はするすると、まるでマシューの怒声から逃げるようにして外へと流れ出てゆく。
「酒なんてどこで…」
言いかけて、ちらりと目をやった酒瓶が、銭湯でよく見かけるものだったことに気付いて唇を噛んだ。
「お前最低だ。佐々貴さん達を巻き込むなんて。未成年への酒の販売は、売った方にも責任が問われるんだぞ。あの人からしたらお前は成人に見えるだろうよ。なんてことしたんだ」
マシューは声を裏返らせて、本当に可哀相なのは自分だと自分に言い聞かせるように振り絞った。
「分かんないかな!僕がどういう生活をしたいのか!…タバコなんてそんな…、なんでそんなもの…!」
「悪かったよ。偉そうにしているつもりなんて無かったんだ。本当に、馬鹿だった。調子に乗ってた…」
しょんぼりするバートに、マシューはそれでも怒りが抑えられない。
"「お前なんて、どこかに消えろ」""「二度と顔を見たくない」""「突然死でもなんでもしてしまえ、腐れ野郎」"
他にも沢山の乱暴な言葉が思い浮かんだが、どれもマシューは口にしなかった。拳どころか、口にすら出来なかった。言葉ですら非情になれない。
口に出来ない言葉が多過ぎて、胸が苦しくて息が浅くなるようだった。過呼吸になりかけていた。
殴ってしまった方が、言ってしまった方が楽になれるのに"その後のこと"を考えてしまう。
後悔して余計にイライラして、辺りのものを蹴り飛ばしてしまうのかも。髪の毛でも毟って食べ始めるかもしれない。
だからやらない。我慢する。
けれど、"我慢したその後のこと"も考えるのだ。
我慢して我慢して、"心の底からやってしまいたいこと"を我慢し続けていって、それを自分はいつまで耐えられるのだろう。その内、マシューは瓦解するんじゃないだろうか。
若さで暴走出来るほど非常識になれず、良識的になりきれるほど大人でもない。
いつまでこんな自分でいなくちゃならないのか。
だから嫌いなんだ。