1くち 3
ところが、開錠の音を聞くや否や、外の向こうの人物の方が、より強い力で扉を外から開けてきた。それに引っ張られて一歩足が前に出てしまう。
雨上がりの朝靄に霞む街が見える。夜明けだった。
よろけるマシューの肩を片手で支えて、外の向こうの人物はにこやかに笑んでいた。
くすんだブロンドの髪が、湿気た街では白んで見えた。
「ッモーニン~!おはようマシュー」
歯列矯正された真っ白な歯。怪獣のように尖っていなくて、おもちゃのように滑らかな歯が並ぶ。鬱陶しい輝きを放つ完成品の笑顔が、まだ昇り切っていない太陽の代わりを果たしているようであった。
早朝から一番見たくない眩しさで、思わず目を細めた。
もう少し気だるい顔を見た方が、こちらも楽な気持ちでいられたのかもしれない。
でもそんな気持ちは、"相手次第"なのだろう。
少なくとも、マシューは眼前の男が朝から気だるい顔をして、自分と二人して締まりのない顔をしていても、ちっとも楽な気持ちにはならないだろうから。
マシューが不安そうな顔で黙りこくっていると、
「バートラントが来ちゃったぜー!」
爽やかと熱苦しさが同居した笑顔に気圧されて、そっと視線を逸らしていると、バートはずんと一歩を踏み出し、土間に踏み込んで来る。
未だ肩は掴まれたままだったので、押されてマシューの足は一方下がり、支えを失った玄関扉は無情にも彼を迎え入れてから閉まってゆく。
近い。
眼前に完璧な笑顔がある。
昔とはくらべものにならないおぞましいほどの光を放つバートラントと名乗る兄と、どうしても視線を逸らし続けるマシューは、早朝の土間で膠着状態にあった。
おはようございます。
お初にお目にかかります。
僕の名前はマシュー。
マシュー・メルナード・日国と申します。
こんな名前ですが、日本生まれの日本人です。育ちのほとんどはアメリカだし、外見もあんまり日本人っぽく見えないかもしれないけれど。
そしてこの兄は、バート。
バートラント・メリカン・日国。
二人ともアメリカ人と日本人の両親の間に生まれたけど、腹違いの兄弟です。腹違いって言うのは、仕込まれたお腹が違うって意味だから、母親が違くて父親が同じってこと。
僕はワケあって、育ちの家であるアメリカを離れて、今は生まれ故郷である日本の借間にて一人暮らしをしていたのですが…、
「べッラもいるぞ!また家族一緒に暮らそうぜ!」
アメリカにいるはずの兄と、遺影の姉がやってきたのです。
しかもこの九畳一間のアパートで一緒に暮らそうなどとのたまって。
バートは家の中を土間から眺めると、その空気を目一杯吸い込んで、勿体ぶって吐き出した。
「うん、アイムホーム!……じゃなくて、えーっとえーっと…なんだっけな」
ああ、そうだそうだ、と拳で手を打った。
「ただいま、マシュー」
覚えたての日本語で、兄は嬉しそうにはにかんだ。