5くち 5
「そ、そんなことよりも」
「あ、そんなことよりもって言ったな」
「そんなことよりも!バートも、俺がいない間の日本語勉強頑張ってよ。パソコンも通話アプリ以外極力使わないで」
「そりゃあな。マシューも年頃だし、家族だからこそプライベートは守り合うべきだ。分かってる」
「別に隠したいものとかないけど…、プライベートは確かに大事。癒着しているよりある程度距離感があった方が…そう、これも"適度"な関係が一番平和に過ごせる」
「分かった」
マシューがまたいつもの調子を取り戻して、ほんの数分前よりもずっと会話がしやすくなる頃には、バートもまたシリアルを食べ始めていた。
マシューはバートとの話し合いで「時間を取られた、お前が余計におだてるから調子に乗っちゃっただろ」と悪態をつきながらも、忘れずに合掌して「ごちそうさま」と言うと、急いで食器を片付けた。
そうして、ネクタイを締めたら登校時間だった。
「じゃあ、行ってきます」
「気を付けてな」
今朝ベッラに供えて、先ほど下げたばかりのチョコチップ入りのヨーグルトを食べながらマシューを見送り、玄関が閉まり、言われた通りに内側から鍵を閉めると、バート一人の生活が今日も始まるのだった。
ヨーグルトの最後の一口を飲み込んで、それを流しのステンレスに置いて軽くストレッチをしたら、テーブルの隅に置かれているマシューのパソコンを開いた。
「ダンケ、起きてるかな」
パソコンの起動ボタンを押して、パスワードの入力を求められた。
「japan8639(ジャパンハローサンキュー)っと。スイスドイツ語ではヤーパングルェッツィメルスィ」
微細運動が得意ではないので、キーボードを打つのは早くはないが、遅いわけでもない。
一つ一つ一本の指で確実に押してログインし、通話アプリケ―ションを開いて、ダンケを呼び出した。
相手が出るまで少し時間がかかるので、その間にノートと筆記用具を用意する。
改めてテーブルの前に腰を下ろすと、通話相手の顔がリアルタイムでパソコンの画面に映っていた。
相手の方が先に口を開く。
「Hi」
「おはようダンケ。"バート"だ」
「知ってるけど、"ラント"」
「うん。じゃ、今日も日本語のレクチャーを頼むぞ!」
ノートを開いてボールペンをノックした。
彼の名前はダンケ・イングリス。
生まれてから現在に至るまでに、少々厄介な事情を抱えていた青年であり、孤児院に入ったこともあれば、軽い犯罪歴もある。
潔白な人間では無いけれど、育った環境が劣悪だったとしても、ここまで"よくやってきた"人間である。
ちなみに、ダンケ・イングリスは昔の名前で、現在の名前は「ダンケ・I・メルナード・日国」。
これにも多くの事情があるものの、それはまたの機会にして、説明を省くと、日国家がダンケを養子として迎え入れたのだ。
つまり、バートとマシューとベッラの家族で、兄弟と言うことになる。
日国四兄妹を正確に表すと、バートが長男、ベッラが長女、ダンケが次男、マシューが三男だ。