さいごのヒトくち 6
「切り花をしていたのも、一番良い状態のものを渡したかったからなんだ。次の開花は、沢山花を咲かせて、沢山種を残してほしいなあ」
「…そっか」
「今時、花なんて贈っても迷惑かなって思ったんだけど、皆、"マシューがくれるものならなんでもいい"って言ってくれたんだ。僕が出来ることでなにかしたくて。しばらく会えなくなるから。最初から、高校卒業と同時に、当分はアメリカで家族の時間を持つって約束だったしね」
先ほどまでいた神社から、新年の鐘をつく音がボーンと響く。
それ以外では、車やバイクの走行音も人の声も無く、風の吹く音が耳の中でビュービューと叫んでいた。
「…寂しいか?」
「うん」
マシューは淡泊な返事をして俯いて、次の鉢植えに取り掛かる。
バートは一歩下がった場所で、マシューの背と屋上から見える街の様子を交互に見て、どちらに視線を集中させようか迷っていた。
「このガーベラを育てて半年以上経つけど、ずっと寂しい」
「……だよな」
バートは何とも言えない気持ちになってきていた。
なんだか、胸の辺りがそわそわするようで、マシューの顔色を覗くように前かがみになって問うた。自分の予想が違っているような気がしたのだ。
「…その、…アメリカに…するのか?」
「僕は日の丸背負った日本人の、マシュー・メルナード・日国だって言ったな」
「…分かった」
「聞いて、バート」
いつの間にか、土を弄っていたマシューの手は止まっており、正午に近づき、天辺に昇る太陽に照らされる街を見ていた。
寒いのか、鼻の頭と耳が赤くなっていた。
「僕、アメリカに帰るよ」
「……」
「僕は日国家のマシューでもある。僕はもう、どこに行ってもマシューでいられるから。家族の傍にいたいんだ」
呆けた顔をするバートに、マシューは「日本に残る」ではなく、「アメリカに帰る」と言った。
酷く寂しそうに、けれど、あまりに穏やかに。
「国を選ぶって言うのは、どの国に対して愛情と責任と忠誠心を持って生きて、そして死ぬかってことだと考えている。感情だけの安易な判断をしたらきっと後悔するし、両国に対して礼を欠くことにもなる。だからこれは、どちらの国も好きな僕なりに、よく考えて出した答えなんだ」
「……」
「ここが、僕が生まれた国だ。ここが、お前が教えてくれた、マシュー・メルナード・日国が始まった場所だ。ここに来ていなかったら、自分にとっての大事なことを考えつくことはなかった。でも、」
「……」
「日本に僕の家族はいない」