さいごのヒトくち 5
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アパートに着くと、マシューは園芸用品を持って屋上へ向かってゆき、話し相手がいなくなってはつまらないのでバートも後に続いた。
いつも通り、アパートの住人にのみ渡されている屋上への鍵を使って扉を開けると、雪が止んだ今朝に運び出したプランターと鉢植えがいくつか並び、マシューはビニール袋に入っている園芸用品を持って、土に手を付けた。
小さな芽が出ている花の周りの雑草を取り除き、バークチップと呼ばれる自然素材を撒いてマルチングをする。
マルチングとはガーデニングや農業の経験がある人々の間で使われる言葉で、畑やプランターなどの作物や植物の根の部分を、ビニールや腐葉土で覆うことで、保湿、害虫避けする行為を指す。
「今はなにを育てているんだ?」
「花を育てているんだよ」
「それは見れば分かる。なんの花だ?」
「星どころか花の教養も無いバーカラントくんに言っても、"ふーん"しか言えないと思うけど、ガーベラって花だよ。花を贈る時の定番だよね」
「ふーん」
「ほれ見ね"ふーん"しか言わんでねえか!」
バートは苦笑で誤魔化して、思い出したように「そうだそうだ」と話しを逸らした。
「ほら、最近…ほら、あれだよ、家の中に花を置かないから、久しぶりにこれは置くのかなーって気になってよ」
バートが言う"家の中に花を置かない"と言うのは、このガーデニングの趣味を再開してから、切り戻した花を「切り花」としてガラスコップの水に浸して、度々、ベッラの写真とカードゲームが置いてある棚の上に飾っていた、マシューの習慣のことだ。摘んだ花も飾っていた。
マシュー曰く、「花は僕にとって最も身近な神様であり、将来の象徴であり、僕の行動が最も反映される我が子だ。彼らにとって最善を尽くそうと思うのは、僕に尽くすことにもなる」だそうだ。
ちなみに、花の栄養が偏らないよう、新しい花を咲かせる為に、成長した花を切って飾ることを「切り落とし」と言い、飾られた花を「切り花」と言う。
マシューは隣の鉢植えの雑草も取り除きながら、「あー」と言葉を考えながら返した。
「あれは、もうやらないかな」
「やめちゃうのか。俺、あれ結構好きだったんだけどなあ」
「うん。僕も好き。でも、今育てているのは、昨年の春から育ててきた贈り物だからな」
「贈り物?誰に?」
「佐々貴さんと、大家さんと、学校の友達」
軍手をはめた手でバークチップを袋から出して、鉢植えの土の上に広げるマシューの丸まった背中を見て、バートは言葉に迷った。
言われなくともこれくらい分かる。
これは"マシューが日本で世話になった人々に、一時の別れと感謝を告げる返礼"だ。
もしかしたら、「汚名なるウェル・メイド・プレイ」で共演し、傷心のあまり「アメリカに帰る」と嘆いていた時期から育て始めたものかもしれなかった。