さいごのヒトくち 4
神社につくと、手を洗い、賽銭箱への長蛇の列に並ぶこと四十分。ようやく五円玉を賽銭箱に丁寧に落とし、二例二拍手一礼。
マシューは神様に「新春を寿ぎ、謹んでお慶び申し上げます。春より、当初の期日通り日本から離れることになりますが、自分並びに家族の躍進と健康の為、益々精進してまいりますので、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます」と心の中で挨拶をした。
バートは声に出して「私の家族がみーんな嫌な事故に遭うことも病気に痛むのはだめです。そういうことがないと助かりましすだ。お願いするだ」とお願い事をしていた。
その後、ほどほどの列を並ぶこと十分後、おみくじを引いて、末吉のマシューと小吉のバートは「今年は慎ましくしていろと言うことだろう」と納得して、結び所に結び、お守りを購入してから神社を後にした。
ちなみに、神道は神社、仏教は寺と言われているが、実はどちらに行っても、両方に行っても、敬意を持ってさえいれば神道だろうが仏教だろうが問題ない、と言うのは神道と仏教を同時に信仰している父からの教えだ。
二人は帰りの雪道を、徐々に昇ってゆく太陽を浴びて歩く。
アスファルトに降り積もった雪は、この街の多くの人々が行き交ったおかげで足跡だらけで、すっかり踏み固められている。
その上を行きながら、マシューはポケットから出した、佐々貴さん達から貰ったお年玉のポチ袋を開封することなく、そのまま財布の空のカード入れに収め始める。
それを横から見ていたバートは、マシューの財布の中身を身を乗り出して見下ろした。
「お札を入れるところがあるだろ?なんで入れない?」
「お年玉は気持ちなの。ただのお金じゃないの。そんな粗末に扱うもんじゃないの。これは、佐々貴さん達の為になるようなことに使う。それが僕の為で、このお金の為にもなる。その時が来るまでとっておくんだ」
バートにはその意味がよく分からなくて、首どころか上半身を傾けて不思議そうにしていた。
「そういえば、冬休みが明けるのはいつなんだ?」
「再来週。で、しばらく登校したら、次は二月頃に自由登校の期間に入る」
「自由登校?」
「進路が決まったのなら卒業式まで学校に来るも来ないも好きにしろって期間」
「へー…。じゃあさ、その自由登校の期間に入ったら、最後に、俺と日本旅行で豪遊しないか?」
「しなーい」
バートはコミカルに足を滑らせて「なんでだよー!」とむくれていた。
「今更お前とどこに行くって言うんだよ。江ノ島も行ったでしょうが」
「どこかお前の好きなところでも良いからさー。費用は全部俺が持つぜ?」
「一人で行けよ」
「ちょっとは高校卒業前の最後に日本を満喫しようとか思わないわけか、マシューは」
先を行くマシューは、ぶう垂れているバートを振り返って筆舌に尽くし難い表情をした。
真っ白な街に佇む黒髪交じりのブロンドが、太陽光で輝いて、それが酷く寂しそうにバートには見えた。
「僕は、他所へ行くよりも、この街をよく見ながらいつも通りに過ごしたい」
白い息を吐いてどこともなしに視線を周囲へやるマシューは、最後にバートを見て笑った。
「ここが好きなんだ」
冬の匂いをだろうか、それともこの街の匂いをだろうか、マシューは息を深く吸い込んで、青空よりも淡い瞳をこちらに向けた。
この時、何故だかバートは、マシューのその眼差しに、答えを垣間見た気がした。
彼が両親との約束通り、卒業後に家族との時間を持つべく一次的にアメリカに戻ったその後、果たして日本を選ぶのか、アメリカを選ぶのか。
どちらを選ぶのか、今わかった気がしたのだ。
「行こう、バート」