さいごのヒトくち 3
「俺、五円玉だけはアメリカに一枚持って帰るんだ。良いお金なんだろ?」
「そう。語呂合わせだけど、ご縁があるの。縁起の良いお金ってことだよ。ちなみに、五円は枚数を増やすごとに、薔薇の花言葉みたいに意味合いが変わってくるのは、豆知識ね」
「五円玉を棒金で持ち帰らなくちゃならなくなったぞ」
「ご縁は欲張るもんじゃないけどな」
ちなみに棒金とは将棋の戦法のことだが、ここでは五十枚の硬貨を棒状に包装したものを指す。棒金以外には銀行ロールや紙巻硬貨とも呼ばれる。レジ経験者や銀行員などには見慣れたものだ。
そんなことを話しながら、準備をした二人は家を出て、昨晩降り積もった雪色の道路を歩く。
まだ正午にも遠い朝。空は真っ青で、向こうには富士山がくっきりと見えた。今日の富士山の雪化粧は濃ゆい。
家族連れで雪道を歩く近所の人に時々新年の挨拶をして、男二人の広い歩幅で追い越してゆく。
途中、仏教徒なので数珠を持って寺に向かう佐々貴さん夫婦にも挨拶をした。
「正月は銭湯はお休みだけど、今年もマシュくんとラントくんにはお風呂を貸してあげるからね」と嬉しい言葉を貰って、昨年に引き続きお年玉を渡そうとしてくる佐々貴さんに、マシューは「だからもらえないですってばそんなっ」と戸惑っていた。
老父と押し問答を繰り広げるマシューの横で、バートは老母から「はっぴーにゅーいやー」とお年玉を渡され、喜んで受け取るとそれをすぐにポケットにしまい、逆のポケットから財布を出して老母の手に五円玉を握らせた。
「わたしとあなたは良いご縁です」と頬にキスをしてくるバートに、老母は今日もにこやかだった。
結局、例年通り、マシューの片手にはお年玉のポチ袋が握らされ、バートは困ったように溜息を吐くマシューを不思議そうに見ていた。
「お前金好きだろ?なんで金を貰ってそんな顔をするんだ?」
ああ!言葉を選べないバカちんめ!
「だって、あの人達にはただでさえ毎日毎日お世話になっているのに…。銭湯を使わせてもらって、ご馳走になって、話し相手になってもらって、優しくしてもらって、…贔屓にしてもらってばっかりだ。この上、お年玉まで貰うだなんて…。僕、あの人たちになんにもしてない」
「してるからしてくれるんだろ?なにを言っているんだ?」
「でも、なにかした覚えがまったくないんだよ、本当に…」
「分かっているくせに。お前は俺より頭が良いはずなのに、時々脳足りんなんだからなあ」
「ああーっお前に言われると腹が立つ!」
新年早々、神社まで二人は追いかけっこと雪玉投げをして街を駆け抜けていった。
でも、もし自惚れても良いのなら、佐々貴さん達が僕の身一つだけで喜んでくれていたら、僕はたまらなく嬉しい。