17くち 23
「でも下手をしたら、僕の場所と取って代われるほど近くにいることに気が付いてから、僕はお前が嫌いになったね」
自尊心の脆さ、自身の危うさにようやく気が付いた。
このままではいけない。いつかマシューが消えてなくなってしまう。
自立、独立心が芽生えた瞬間だったのだ。
「でも、もう怖くない。お前も他人になったからだ。僕も自分を認められた。誰にも絶対に超えられない僕自身が、僕にもちゃんといる」
「……」
マシューは椅子の肘起きに手をついて立ち上がると、バートを見下ろした。
バートも静かにマシューを見上げた。
口は半開きだった。
「僕らは対等だ。僕も自分に夢を持っている」
「……」
「実があって尚且つ楽しいことなんて、お前と僕にとって、舞台のことだろうバーカラント」
そうだった。ずっとそうだ。これからだってそうだろう。そうしていきたい。
ここが現実を夢見る場所で、夢を現実にする場所だから。
だって、バートラントは、舞台で生きて、家で死ぬような男なのだから。
「………ああ。…ああ」
二度、肯定の意思を示す。
すると、マシューは質問を寄越した。
二人とも笑みを湛えていた。
「もう一度聞くぞ、バート」
「ああ」
そうして思い出している内に、ようやく志士頭学園高等部演劇部の順番が回ってきた。
前の学校の生徒たちが下がり、幕が下りると、司会者が四十分ぶりに舞台に現れ、進行表をマイク片手に読み上げる。
先ほどの学校の生徒たちへ労いの言葉をかけ、作品に対する生徒たちの意気込みがどうであったかを語った。
しばらくの休憩を挟んでから、司会者は次に控える志士頭学園高等部演劇部と、演目「Box and Cox/(ボックスアンドコックス)」、脚本日国マシューを読み上げ、待ちに待った真心に詰まった舞台の幕が上がる。
周りから開幕の拍手が上がり、バートも舞台に向けて拍手を送った。心はとても穏やかで、バートは閉幕まで終始にこやかだった。
間違いなくこの瞬間から、バートラント・メリカン・日国にとって、マシュー・メルナード・日国は、自分の目指す役者の完成形となったのだ。
アメリカ合衆国の俳優、ジェームス・ディーン曰く、「良い役者になるのは簡単なことではない。一人前の男になるのはもっと難しい。終わりが来る前に、僕はその両方でありたい」
もう一つ、アメリカ合衆国の飛行家、作家である、リチャード・バック曰く、「家族を繋ぐ絆は、血ではない。お互いの人生に対する尊敬と喜びである」
閉幕の時、バートはめいっぱいの拍手をもう一度舞台へ送りながら、先ほどのマシューの質問を思い出していた。
そのマシューは今、舞台上から客席を見上げて誰ともなしに、先ほどの質問とまったく同じ最後の台詞を投げかけている。
舞台から客席に向けて左掌を捧げる姿はまさに、マシューが今出来る、自著で特定の人物へ感謝を述べる「献辞」を行動に表したものだったに違いない。
「"昨日は良い日だったか?"」
バートの拍手の音は最後まで残り続けた。
今すぐに言葉以外の方法で、この気持ちを伝えるにはどうしたら良いのだろうと考えて、この拍手に任せることに、一生懸命だったのだ。
"今日も良い日であった"と。




