5くち 2
「日本語での挨拶は?」
「おはようマシュー」
「おそようバート」
なんとなくマシューの挨拶が間違っている気がしたけれど、まだ寝惚けているからなのかもしれないし、大人しくキッチンに向かった。
米を研ぐのは実家にいた頃、父がしていたのを見ていたし、米を使ったデザートを作る時に洗っていたし、マシューに沢山叱られながらも教わったから、どれくらい研ぐのかは分かっている。
父は水と米の入った炊飯釜で土を掻くみたいにして洗っていたけれど、マシューはボウルとザルで拝み洗いをしているようで、最初に父の真似をしたら「父さんみたいに雑にやるな!」と怒られた。
マシューにはマシューのやり方があるようだ。マシューが食べるわけだし、置かせてもらっている立場だと自覚しているバートは、彼のやり方に合わせて拝み洗いをしている。
洗った米を炊飯器にセットして炊飯スイッチを押したら、インスタントの味噌汁を用意して、冷蔵庫から出した納豆を混ぜ、お茶をテーブルに置いた。
その間にも欠伸を何度か零していた。
朝食の準備を済ませたら、ようやく洗面所の蛇口を捻った。
水を顔に当て、濡れそぼった顔を上げる。
マシューはすでに学校指定のシャツに袖を通している最中だ。
バートは歯磨き、口腔洗浄、洗顔、髭の確認、髪のセットを済ませて、最後に鏡に向かってウインクした。
「よし!」
バートが食卓に向かう頃には、結んでいないネクタイを肩から掛けたマシューが、白米を盛った茶碗をテーブルに置いているところだった。
バートも朝食の準備を始めた。と言っても、シリアルを皿に開けて牛乳に浸して、その上にドライフルーツを添えただけだ。
自分の用意が終わるまで食べ始めるのを待っていてくれているマシューの前に座って、二人して「いただきます」と掌を合わせて食事を始めた。
一週間も続けていれば、すべて慣れてくるものだった。
納豆ご飯を箸で摘まむマシューに、ドライフルーツシリアルをスプーンで装うバート。
「そういえば、今日はクラブの朝練は無いのか?」
「部活?ああ、ウチの学校、朝練の出欠は自由なんだ」
「毎日五時起きなんてハードだもんなあ。ちゃんと睡眠を取らないと」
「そ。何事も"適度"って大事だよ。だから、俺が今の生徒会長に"集団朝練強制の禁止"を提案して、校長に相談してもらった。睡眠時間とアメリカ陸軍の射撃演習についてのデータを取り上げたら難なくだったよ。これを破ったら連帯責任で一週間の部活動停止処分まで加わったのは予想外だったけど」
「素晴らしいな」
「ちなみに効果もちゃんと出ている。朝練制度を取り入れてから、運動部がメインの我が校の勝率は、みんなの体調が安定して僅かながらも上昇したし、楽しく続けるためのモチベーション維持にも繋がっている。寝坊による遅刻や授業中の居眠りも減ったんだ。スポーツで有名な学校だとしても、選手であるより先にみんなは生徒だ。生徒の本業は勉学。部活の所為で勉学が疎かになるのが問題だった。勉学と部活のバランスが保てていないから変える必要があったんだ」
「拍手していいか!いや、するな!凄いぞ!お前は特別、格別な男だ!」
スプーンを置いて、自分のことのように喜び拍手を送るバートに、満更でも無い得意げな顔をして、マシューは続ける。