17くち 21
帰宅した後の夕食の時も、布団に入った後までも、マシューはいつも通りにバートに話しかけ、まるで出掛けていた最中のことなんて無かったかのように接した。
それがやっぱりバートには少し不思議だったけれど、マシューがあの話題をそのように扱うのであれば、自分もそうしようと普段のように過ごした。
けれど、電気が消えて、布団の中で今日のことを振り返って話し込んでいると、最後にマシューは思い出したように問うたのだ。
常夜灯を点けず横たわる真っ暗闇の中、うつ伏せだったマシューはスタンドライトの明かりを消して、読み途中のページにしおりを挟んで、文庫本を遠くに置いて、ようやく仰向けになった。
力を抜く為なのか、深い溜息を零して眼鏡を外し、それを枕元に置く。
胸元まで毛布を引っ張り上げて、両手の指を絡めて、落ち着いたところでこう言った。
「今日は良い日だったか?」
少し肌寒くて、掛布団の上に出していた腕を中に引っ込めながらバートは言った。
「…あんまり楽しくなかった」
「僕は良い日だったと思う」
「そうかな」
バートの声色は納得しかねる、と言うよりは、「具体的にどこら辺が楽しかった?」と問いかけるようだった。
「僕とお前の違いはこういうところなんだろうな」
「そうなのかな」
「将来的に実のあることが良いことなのか、今が楽しいことが良いことなのかが問題だ。良い日って言うのは、楽しいことだけで作られるものじゃない」
「…うーん?」
外出についての話は放置するものだと思っていたから、ちょこっと反応に困る。
「一番良いのは将来も今も実があって尚且つ楽しいことだ。一個だけだけど、僕らはこれで共有出来るものがあるんだぞ」
「なあ、難しいことは言わないでくれよ。分からないから」
「明日になれば分かるよ」
「その明日って…」
「だからちゃんと見ていて」
バートは寝落ちてしまうまで、うんうんと唸っていた。
マシューはどうも抽象的と言うか、詩的に物事を表現することがある。
マシューがそういう"難しいこと"を言う時、バートは「わざと理解させないようにそんな言い回しをするのだ」とマシューの言葉の真意を汲み取ろうと考える。
結局、ほとんど理解出来た試しは無いけれど、考えることが大切なのだ。
分からなくとも、分かろうとすることが、マシューが言うところの日本のコミュニケーションなのだろうとバートは学んだ。
そんなややこしいことをしていないで、直接分かりやすく言ってくれた方がすっきりしたコミュニケーションが取れるのに、どうして複雑にしようとするのだろう。
バートにはその美点がまだ分からなかった。
寝落ちる直前まで、マシューの言葉が記憶の中で擦り切れて曖昧になるまで、一生懸命考え続けたのだった。