17くち 20
「このタイミングで聞いちゃう?」
「だってお前、抹茶を飲んでいる最中からずっと不機嫌だったんだもんよ。聞きたかったけど、上手なタイミングで聞かなくちゃ怒るだろ?」
分かってないなあこいつ。
不機嫌とか怒るとか、語彙が足りないからそういう表現になるのかは分からないけれども、あれを単に「不機嫌」「怒る」と言うジャンルに振り分けるのか。
…分からないんだろうなあ。
多分、一生、分かり合えないのかも。
バートには、言いたいことを口に出したって、真意は五十パーセントも伝わらないだろうし、口にしなかったら一パーセントも伝わらないのだろう。
こんなにも、他人なのだから。
マシューは思った。
「うーん、そうだなあ。まあ、今よりずっと子供の頃からだよ」
「子供のいつだ?」
「えっと、三歳から八歳の間のどこかからじゃないの」
「ゼロ歳から三歳になるまではどうしたんだ」
「その頃は母さんと父さんとご飯のことしか考えていなかったと思うよ」
「俺のことは眼中に無しか」
「だって、その頃のバートは犬と遊んでいる写真しかアルバムに無かったよ。宇宙人みたいな顔をした僕と映っている写真なんて、たったの一枚も無かったし」
「ええ?そんなことあったっけ………あ」
そういえばその頃は、妹のベッラが死んで心の整理がつく前に生まれてきたマシューのことが、両親含めてあんまり好きじゃなかったっけ。
あと、両親がマシューにかかりっきりになって、構ってもらえる頻度が減ったのも犬と遊んでばかりいたことに繋がったのだ。
「言われてみれば、そうだったかもなあ」
俺もマシューのことが好きじゃなかった時期があったなあ。
あの頃は、一生嫌い続ける覚悟でいたものだけれど、案外、今のように収まるものだった。
「きっかけとかあったのか?俺が超格好良いことをしたとか!」
「別に」
「俺が物凄い善行を積んだとか!」
「別に」
「俺が果てしない挑戦を試みたとか!」
「別に」
「……お前、本当に俺に憧れているの?好きじゃないの?」
「"憧れている"と言うか、"憧れていた"が正解かな」
「今は?」
「別に」
思えば、自分もマシューを今のように好きになったきっかけと言うきっかけは、無かった気がする。
強いて言うなら、病弱な幼少期から、構わず一番に敬愛の眼差しを向けてくれていたのが、マシューだったからだ。その瞳に応えたいと思った時が、兄弟としての二人の始まりだったのかもしれない。
その後の浴場でのバートは、とても静かだった。