17くち 17
「なあバート、逃げないでくれよ」
「なあマシュー、立ち向かうことが難しいことだからって、逃げることが簡単ってわけじゃないんだぜ。どっちも凄く難しいんだ。一生懸命に考えて頑張って逃げて来たんだ。凄く後悔もしているし、関係者に罪悪感だって抱くし、お前にこうして説得されて負い目だって感じる。だったら立ち向かえば良いじゃないかと思うだろうが、それがずっと難しいからこうなっているんだ。簡単な選択じゃなかったんだ。俺は馬鹿だけど、馬鹿なりに沢山頭を使って逃げて来たんだ。おみやげを買って、日本旅行は楽しかったって言いながら笑って帰れるほど、単純じゃないんだぜ」
ふてくされて物憂げな声色とじめじめした空気が茶饅頭を湿気させる気がして、マシューは残りの茶饅頭を早く口に放り込む。
「知ってるよ。でも、それが僕との約束を反故にする言い訳か?簡単じゃなくても出来ることはやれよ。期日通り帰るって約束だ。お前は出来る男なんだよバートラント。おみやげを買って、楽しかったって言って帰ろうよ」
「…お前は俺に期待し過ぎだ。そんな大それたヤツじゃないよ。昔からずっとそうさ。俺はまったくそんなヤツじゃない。過大評価されて天狗になっていただけだ」
日本に来る前、兄をあんなにも天上人のように尊敬していたのに、今、よくよく見てみると、そこにいるのはどう見ても地上人だ。
それが酷く悲しかった。嫌だった。
幻滅ではないはずだ。あの頃憧れたバートラントは、間違いなくこの男で、彼は今も彼のままに違いないんだ。毎日変わり続けているけれど、変わらずバートラントのはずなんだ。
マシューは眉間に皺を寄せて言った。
「そうだな。お前なんかに憧れ過ぎて一周回って憎むほどだった僕が間違っていたんだろうな。子供の頃の僕はやっぱり駄目なヤツだったんだ」
そう言うと、そっぽを向いていたバートの顔がようやくマシューの方に戻ってきた。
それも、目を白黒させて口を魚のようにパクパクさせて、眉間には皺が寄っていて、怒りと驚きが同居しているようだ。
バートは言葉を探すように酸素を吸っては、やっぱりやめたと目を逸らすのを五秒ほど繰り替えしてから、ようやくマシューの目を見て言った。
最終的には、悲しそうな顔になっていた。
「なんでそんなことを言うんだよ」
隣の男が酷く幼稚に見える。
いつもよりひどく。
罵倒の言葉が思い浮かばなかったから、取り急ぎ「バカ」と言ってみた少年のように見えた。