17くち 15
呉服屋に着くと、マシューは自分の甚平もここで購入したものだと話し始め、男性用の服が並ぶコーナーにバートを引っ張ってゆく。
日本食のように黒や茶や群青や抹茶と言う、バートからしたら地味、マシューからしたら渋くて趣のある色の和服がズラリと並ぶ。
マシューはその中から一着を取ると、自分の体の前で広げて見せた。
マシューが夏に来ていた半ズボンの甚平とは違って、長ズボンだし、袖も長いような気がした。
「それも甚平か?」
と指差して聞いてみるも、マシューは首を横に振る。
「これは作務衣。甚平は夏に着るものだけど、作務衣は一年中着られる。甚平と作務衣の見分け方は、上下の袖の長さを見るのが一番わかりやすいかな。作務衣の方が長いから」
「ほおー」
「僕は春と夏に甚平、秋と冬に作務衣を着てるよ。お祖母ちゃんがお小遣いをくれて、それで買ったんだ。でも作務衣だけを買った方が安く済むよ」
「俺は経済的に余裕があるから両方とも買おうかな」
アメリカでの成人年齢にも満たないくせに経済的に余裕があるなどとのたまうバートの笑顔に、悔し過ぎて笑い返してやる気になれなかった。
バートはマシューが持つ作務衣を受け取ると、その生地を指先で撫でる。麻の生地はサラサラした手触りだった。
手触りに満足してから、自分の胴体に当ててみる。
「でも俺、普段使い出来るかなあ。どうやって着たら良いんだろこれ。難しいかな」
「紐があるから、それを…ちょっと貸してみ。まったく、僕が毎日着ているんだから、ちょっとはどうやって着るかも見てたろ」
「見てたけど、自分が着ることを想定して見てたわけじゃないからなあ」
マシューはハンガーにかかっている作務衣を自分の胴に合わせると、内側の紐をバートに見せて蝶結びにしてみせた。
「まず羽織ったら内紐を結ぶ。蝶結びじゃなくても、好きな結びで良いんだ。それで、外側にも紐があるから、前合わせ…この衽って言う部分の、向かって右側が前になるようにしたら、また好きなように結ぶ。それで完成」
「前合わせは絶対右なのか?」
「左前は仏様の特権です」
「…おっと」
「まあ、外紐が右前になるようについているから間違えることはないだろ」
「んー…でも俺、和服って似合うかなあ…。俺ってスタイルも顔も良いけど、上手に着られるか分かんないしなあ」
「上手にだとか似合うだとかでここに来たんじゃねえんだ!バートラントが和服を買った着たとなれば、それを知った花美先輩みたいなミーハーが和服を買って部屋着にしたりして、廃れつつある和服文化を再び盛り立てるのに0.1%でも貢献することになるんだから買え!どうせ気取った態度で自撮りしてSNSにアップするんだろ!やっちまえ!福井に住んでる日国家のお祖母ちゃんが呉服屋と着付け教室やってるけどマジで最近の若者は祭事にしか和服を着ないってんでちょっと悲し気だったんだから!寝ても覚めても和服姿のお祖母ちゃんは本当に毎日綺麗なんだからな!和服文化が廃っちゃヤダー!買えー!」
「は、はいっ!」
"でも俺、文字打つの苦手だし、マメな性格じゃないからSNSやってないけど…"
と言うバートの言葉はマシューには聞こえていないようだった。