17くち 14
「この後百貨店にでも行こうか。このハックドナルドから五分くらい歩いた先にあるから。アメリカに持ち帰りたいものとか使いたいものとかあったら買いな。帰国直前に慌てて買うわけにはいかないだろ?」
「…うーん、うんー」
「いいから、行くぞ」
「………うん」
「うじうじするな」
「…はい」
都合が悪くなるとこれだ。まるで子供だ。
そっぽを向いてメロンソーダを吸い上げるバートを、マシューは半眼で睨み続けていた。
アメリカ・ニューヨークでの出来事は、未だバートとマシューの中には鮮明に色が残っている。
あの場で本音を吐露してから、バートはあからさまに「アメリカへの帰国」と言うキーワードに顔をしかめるようになっていた。
もう隠す必要が無いから甘えているのだ。
最終的に戻る決意をしたはしたが、前向きに取り組むわけではないらしい。
バートから聞いた舞台復帰に対する本音は、バート本人でない他人のマシューには上澄みを掬うだけで精一杯だが、同情出来る。共感出来る。
けれど、それとアメリカへの帰国に対して後ろ向きなのは別問題のはずだ。
日本との別れと言うよりアメリカへの帰国に気乗りしないバートはその後、マシューに「いい加減にしろ」と叱られるまで昼食をちびちびと食べ進め、店を出た後も最低速度の鈍い歩調で、マシューに背中を押されながら十五分もかけて百貨店に向かった。
呉服屋の売り場に到着するのにも時間がかかった。
「早く進め!姑息なことをするなバーカラント!」
姑息。ずる賢い、卑怯、いやらしいなどの意味と勘違いされがちだが、本当の意味は「その場しのぎ」である。根本的な解決はせず、一時的な間に合わせを意味する言葉。姑息的治療などと言う言葉に使われる。「その場しのぎ」は決して卑怯なことではない。使われる場面次第では。
「んー…もっとゆっくりでいいじゃないか。休みなんだし、焦るほどじゃないし」
「だぁってろブス!歩けデブ!」
「コラ、口が悪いのはいけないな。マムに口酸っぱく言われてきただろ。"本人に責任の無いことを罵るな。"この顔は生まれつきだし俺は男前なマッチョだ」
「お前も"人様に意図して迷惑をかけるな"って父さんに言われてきたけど守ってないだろお互い様だ!止まったままなのは凄く迷惑!」
「ゆっくりだけど進んでるし…止まっているわけじゃないし」
「なにガキみたいな屁理屈を言っているんだ!もう怒った!お前がそういう態度をするなら、僕はもう帰るからな!日国デーは中止だ!」
マシューがそう言ってバートの背中から手を放すと、そのバートは目を丸くして慌てて振り返った。
「ええ!嘘だろ?なら歩く!」
日国デー中止はともかく、マシューを不機嫌なまま帰すと、納豆オムレツやら、ゴボウとアスパラガスのこんにゃく巻きやら、とろろ昆布とわかめの酢の物やら、おくらとなめこの和え物が夕食に並ぶのだからたまったものではない。
バートにとって、出された料理が口に合わないあまりに飲め込むことが出来ず、口内に咀嚼途中のそれらを留めたまましばらく困り果てたのは初めての経験だった。
あんなのはもうごめんだ。