17くち 12
借りているアパートの部屋に戻ると、バートがメモ用紙を片手に居間をあちこち歩き回っていた。
「洗剤はあるな。トイレットペーパーはそろそろ買いだな。洗面所のタオルも替え時だし……、掃除機のパックも必要か。洗顔料と、あとマシューのワックスもだったよな」
大きな独り言を言いながら目の前を横切るバートを見送って、マシューはじょうろをベランダに干しておく。
当初、バートが独り暮らしを始めていたと聞いた時は「出来っこない。病気もあるし、なにより酷くどんくさいし間抜けだ」と思っていた。
確かに、時々失敗はするけれど、料理は出来るし生活用品の補充もきちんと出来るし片付けもするし掃除も分別もゴミ出しも出来るし、案外しっかりしている。
居候としてバートを迎え入れてから一年が経過したものの、早々一年では、離れていた数年間の空白は埋まらないものなのだと感じた。
未だに発見があるのだから。
思ったより馬鹿でもない。想定外に繊細。存外ドライ。殊の外大人しい。
昔は落ち着きが無くてぶきっちょなヤツだったはずなんだけどなあ。
「バート」
「うん?」
鏡文字になっている下手くそな日本語に、時々筆記体の英語が混じっている買い物メモを持つバートを呼び止める。
今現在を考えることに一生懸命になっているバートを見ていると、マシューは何故だか穏やかな気持ちになれた。
そこにはもはや、偉大な人物が落ちぶれた姿を見てほくそ笑むような少年はおらず、家族への真心一つで、青年は笑顔になれたのだった。
「良い一日にしよう」
ずっとこういう自分になりたかったんだ。
…
二人は家から出ると、真っすぐ繁華街に向かった。
冬の到来を目前に控えるようになってからは、衣替えを済ませ、ようやく厚着を引っ張り出せるようになっていた。
晩夏を過ぎて秋になってもいつまでも暑い日が続いたものだから、季節が変わった後までも、ティーシャツ一枚の人と分厚いコートを羽織っている人が入り混じる不思議な光景が街にはあった。
今や誰もが、時々吹き付ける強い風に、末端を隠そうと上着のポケットに手を突っ込んでいる有様だ。
けれど、本当に寒いのは年が明けてからの二か月だ、と、日本に帰って来てから身を持って体感したマシューは思う。
二人は早速、バートが言うところの「ヘンタイアニメストア」に入店し、顔馴染みの店員に挨拶をした。
「おはようございます」「おはようございます!」
続いて入ってきたバートの方が元気が良くて、マシューの挨拶を食っていた。
バートとマシューはまっすぐカードのパックが並ぶ壁際のワイヤーネットに向かう。
「宇宙系ソルジャーの新作がツァーリ向けだったから当てたいぜ~」
「まだ当てていないマリー向けのカードが来ますように」
二人は狭い店の中、ランダムに五枚のカードが封入されているユニバースパックとマジカルパックを手に持ち、お祈りをしながらレジに持って行った。
そして百円均一ショップにも寄った後、開封式を行ったハックドナルドで、二人はメロンソーダに吸い付いてから溜息を吐いていた。
「なんでやっちゃ」
「あの店の在庫を全部買い占めりゃ良かったぜ!」
「やめろ他の人も買うんだから!それに、一パックどころか、一ボックスにすら目当てのカードが無い場合もある…」
しなびつつあるポテトを数本まとめて口に突っ込んで、二人は望み通りでない外れカードや重複カードを、百円ショップで購入した封筒に入れた。