5くち 1
5くち「くゆるくだまき!バーカ!バーク!バガーなラント!」
フランスの哲学者、評論家である、アランことエミール=オーギュスト・シャルティエ曰く、「悲しみはいつも自分の足元にあるかもしれない。しかし、目の前にあるわけではないのだ」
目が覚めたのは目覚まし時計のいつもの電子音が聞こえたからだ。
いつも通り薄い掛布団を退けて、うつ伏せに転がって、枕側に置いてある目覚まし時計を止めて、その隣にあるメガネをかける。
今朝はカラスが泣き喚いている。雀の時もあるけれど、今日はカラスだ。
不吉の象徴とされるカラスだけれど、神道と言う日本の土着宗教においては、神が天皇を導く為につかわせた神の鳥なのだそうだ。
と言うことを、日本の宗教を学んだ時に父から聞いた。
うんと体を伸ばし欠伸を一つ済ませて隣を見れば、先週買ってきた布団に包まって眠りこけるバートがこちらに背を向けている。
向こうを向いているバートの腹の前で手をついて、顔を覗き込み、寝ているのを確認してから、自分の布団を畳み、バートを布団ごと窓辺に引っ張った。
「目覚まし鳴ってるんだから起きろバーカラント!朝!」
そして、カーテンを全開にして太陽光を思い切り当ててやると、
「ずぇー…!俺のブルーアイズが悲鳴を上げている!シェイズ(サングラス)をくれ!」
「まだ目を開けてないだろ」
「ん゛ん゛ん゛」
瞼を両手で覆って起き上がり、その手を退かして、ゆっくりと細く瞼を持ち上げるのを繰り返す。
「んくぁ~」
眠たそうな顔で大きく長い欠伸をして、バートは自分が何故窓際にいるのだろうとキョロキョロしていた。
マシューのムッと尖った唇を見てようやく、自分は窓際に連れてこられてしまったのだと気づいたようだ。
「俺は学校の支度をするから、バートは朝食の準備」
一週間もすれば、自分の役割と言うものが不透明ながらもなんとなく分かってくるもので、きちんと話し合った訳ではないものの、マシューが忙しい朝はバートが食事の準備をするようになっていた。
寝起きの良いマシューはさっさと洗面所に向かい、それを見送ったバートは開きっ放しのカーテンをそっと閉めて、ゆったりとまどろみ始めた。
あと五分。目を閉じるだけ。二度寝じゃないとも。意識はあるんだから。
途切れたら、…その時はその時だ。
太陽光で温まっている窓辺で舟を漕ぎ始めるバートの頭に、マシューの拳骨が雷よりも早く落ちてきた。
頭の中で「ゲィンッ」と鈍い衝撃音が鳴り響き、目の前がチカチカした。星が瞬いていた。
自分がスーパースター、ビッグでマルチなエンターテイナーだから星が見えたのかも、なんておめでたいことを考えている暇も無く、
「起・き・ろ」
と言うマシューの、母親よりも怖い声音で意識は一気に覚醒した。