17くち 8
マシューはサラダに、バートはベーコンに、それぞれ箸とフォークを伸ばす。
二人とも最初の一口を飲み込んでから、いつものように話し始める。
アメリカの家で生活していた頃から、日国家に「黙って食べる」と言う習慣はない。
家族が美味しい料理の前で揃い、一同に会する時間を尊(たっと/とうと)び、食事を楽しむことがなにより優先されるからだ。
さっきまで熱い汁物が入っていた磁器の皿が冷たくなるまで、みんなで笑って話し込んでいたのなら、それはとても良いことだと言う価値観の許に育ってきた。
ちなみに、磁器は洋食器に多く、陶器は和食器に多い。
「ところで、さっきも言ったけれど、今日は日国デーだぞ」
「ほお~。随分久しぶりじゃないか?でも、どうして急に?」
「バートがアメリカに帰る準備をする意味でな」
「え」
「まあそんなことより」
「あ、」
「やめろよ、言うなよ」
「はい」
バートは惜しそうに苦笑を漏らして、ナイフで切ったベーコンエッグをイングリッシュマフィンに挟み込んだ。
他にもバートは言いたいことがあったようだけれど、なにも言わなかった。
「出掛けるつもりでいるんだけど、どこか、行きたいところはある?」
「うーん。でも、マシューは明日、全国大会の舞台があるだろう?外で遊んで平気なのか?」
「前日に慌てて練習をしなくても良いように、昨日までスケジュールを詰めに詰めて夜遅くまで帰ってこなかった僕の姿は見えていなかったのかなバーカラント」
「ああっ、ああ、見ていたぜ!そうだなあ、ここから近いところだと、関東だし、江ノ島辺りに行ってみたいなあ」
「疲れて明日に支障が出たら困るから、地元の中だけで済ませてくれないかな。江ノ島は冬休みに行こうよ」
「ああっと、そうか。それなら……いつも通りに過ごしたいかな。少し腹を休めてから繁華街に行って、買い物をして、ヘンタイアニメストアに行って、百円均一に行って、紅茶屋に行って、それで、いつも通り銭湯に行くんだ」
バートが言うヘンタイアニメストアとは、マシュー達が遊んでいるカードゲームを販売しているおもちゃ屋のことである。ほぼ全裸の少女のフィギュアやポスターも売られているので、バートは「ヘンタイ」だと思っている。
マシューはポトフのスープをちびちびと飲みながら、バートの提案もついでに呑むことにした。
「分かった」
毎度お馴染みのコース。
変わり映えしなくて少し腑に落ちないけれど、今日はこれで良いと思った。
これで良いと思えたんだ。




