17くち 7
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「ボックスアンドコックス」を公演する全国大会前日の、志士頭学園創立記念日に当たる金曜日。
朝だった。
マシューは布団を退けて起き上がると、目覚めた瞬間から覚醒した意識で前を見据えた。
まっすぐ向こうにあるのは壁だったけれど、それよりもずっと向こうを見ていた。
壁を透かし、この街を超えて、どこか遠く。ずっと遠く。
見えるはずもないけれど、その先に自分たちの未来があることを祈り、よく目を凝らして、たった一秒先でも知りたいと願う眼差しだ。
布団横の台本を手に取る。
"「ボックスアンドコックス」"
「汚名なるウェル・メイド・プレイ」の台本の時とは、少し違った想いを抱いてしばらくそれを眺めていたけれど、また布団横の床に戻して、マシューは枕を振り被って叩きつけた。
「起きろバーカラント!」
「ずぇぇうっ!」
「今日をなんの日だと思っているんだ!」
「うんとねぇ……んんんん……」
「寝るな!」
乾燥し切った喉から発せられるバートの嗄声は、まるで老父のようだ。
「えーっと…たしかマシューが通っている学校が…」
「そうじゃない!早く起きて支度をしろ!今日は日国デーだぞ!」
瞼をシパシパ上下させて霞目でマシューを見上げると、まるで子供のようなあどけない笑顔で枕をこちらに押し当ててくる。まるで昔のマシューみたいだ。
眠っている間に涙が分泌されず、喉同様まだ乾いたままの眼球を擦ってから、また一瞬だけ寝落ちて目覚めて、ようやく返事をした。
「…なんだってぇ…?」
ほとんど聞いていなかった。
休日なら、いつもあと一時間か二時間はぐっすり眠っていられるのに。
その日は六時半に起床し、いつまでも"うとうと"と舟を漕いでいるバートの頭を時々叩きながら、マシューはせっせと動き始める。
今も畳んであったテーブルを広げてから、そのテーブルの前で舟を漕ぎ始め、最終的にはパタリと仰向けに倒れて寝落ちたバートに溜息を吐いた。
疲れているのかなあ。
気持ち良さそうに眠っている分、叩き起こすのも躊躇われて、マシューは黙々とキッチンに立った。
朝食が食卓に並んだのは四十分後のこと。
ジャムや卵を挟んだイングリッシュマフィン、ベーコン、プチトマトを添えたサラダ、ポトフ、ヨーグルトにキウイとバナナを添えたデザートだ。
眠っているバートには、スプーンで掬った出来立てのポトフのスープを、前髪を押し上げて曝した額に一滴垂らすとすぐに起きた。
「あづぅぁ!」
額を抑えてヒーヒー言うバートとは対照的に、涼しい顔をしてマシューは箸を手に取った。
「朝食が出来たんだからいい加減に起きろ」
「ずぇー…、凝った起こし方をするなあ」
バートは今日も長ったらしいスキンコンディショニングと歯磨きを終えると食卓前につき、手の関節の具合を自分で見ると、フォークを持つ。
「はいそれじゃあ、心を揃えて…」
二人して、フォークと箸を両手の親指に挟み込んで、顔の前で掌を合わせた。
「いただきます」