17くち 6
バートが敷布団と掛布団の間に体を挟み込むと、マシューはまだ自分が食べている最中だと言うのに、部屋の電気を消してくれた。
代わりに、マシューはいつも読書用に使っているスタンドライトをテーブルに引き寄せて、それを点けてまた箸を取った。
「いいぜ、部屋の電気を点けていても。眠れるから。さっきも寝ていたんだし」
「人が気を遣ってやっているんだから、ありがたく思って黙っておけバーカラント」
言われた通り黙った。
やはり、アメリカにある自分のベッドの方がふかふかで寝心地が良いな。日本の布団は床に近くてかたいな。と思ったけれど、それも黙った。
「ところで」
「うん?」
スタンドライトの笠から覗く豆電球が眩しくてマシューとは逆方向を向いていたけれど、話しかけられて振り返る。
やっぱり眩しくて険しい顔になっていたかもしれない。マシューはバートを気遣って、一度箸を置いて片手で豆電球の部分を隠しながら、もう片方の手で学校のカバンから封筒を取り出した。
「ほら、全国大会の舞台の。チケットが届いたから」
「おお、おおおお」
せっかく寝転んだのに、バートは上半身を起こして、封筒を受け取った。
封筒から引っこ抜いたチケットには、水彩絵の具で夕焼けと朝焼けが入り混じったような空と、ひしめく街々の輝きが描かれている。
国土のほとんどが山林で、人が住める場所はほんの少し。とても近い距離で人々がすれ違う。車も家も小さくて、道路は狭い。
ビル群がタケノコみたいに隣同士だったり重なり合ったりして描かれているチケットには、不思議とバートにも"日本らしさ"が感じられる。
これが、日本人が見る日本の景色。
やっぱり彼らも、狭いと感じているのだろうか。
チケット一枚に思考を巡らせるバートに、マシューは声色を落とした。
「それ閉まってはよ寝ぇま」
「はいはい」
「"はい"は一回」
「かしこまり」
布団に入った後もバートが話しかけてくるから、マシューはなかなか夕食を食べ終えられなかった。
「マシューは、今日は何時に寝るんだ?」
「食べて歯を磨いたらすぐに寝るよ。今日は特別遅かったから、もう眠たい」
「ならいいんだ。じゃあ、先におやすみ」
「はいはいおやすみ。寝ろ寝ろ」
はいが二回聞こえた気がしたけれど、話題に出したらきっと怒鳴られるだろうから、聞かなかったことにして向こうを向いて寝た。
結局、マシューは先に眠ったバートの寝息の横で台本を読み込み、頭の中で二回通し稽古をして、お気に入りの小説を二十ページ読んでから眠りについた。