17くち 3
「ところで、今回の舞台のことだけど…と言うか、舞台と呼んで良いのかな…」
「ああ、上映会か。楽しかったな」
「あー、まあ、うん。本当は講堂を使って舞台で公演するはずだったんだけれど、文化祭での出し物でネタ切れを起こした映像部に、どうしてもって頼まれたから舞台じゃなくて映像になっちゃって…、急遽作品を変更したもので…」
「んー、でも、面白かったぜ?」
関節の調子がほどほどに良いバートは、箸の持ち手の部分に輪ゴムを巻いた"矯正橋"でそうめんを汁に浸して、ヘタクソに啜る。そうめんを啜っても三回に一回は口に上がってこないようだった。
「そうじゃなくて、僕が見てほしかったのは仮面ニートじゃなくて、別の作品の方で、だから、今回のことはノーカウントで」
「ふへへ、マシューは相変わらず気難しいなあ。増優くんとは偉い違いだ」
「増優の話はやめね」
小ネギを振るい、マシューもそうめんを啜る。あまり麺に汁が絡まなかったらしく、猪口から汁を一口含んで、舌の上で転がした。
ほんのり甘い。ダシが利いている。
「うーん、美味しい」
「もう季節は秋になったのにいつまでも暑いから、ここ最近はほとんど、蕎麦、そうめん、うどんだな」
「アメリカ旅行でハンドルドーナツを食べて太ったから、調度良いんだよ」
ここには体重計なんて置いていないから、数字を確認したわけではないけれど、なんとなく脚の肉が増えた気がしたのだ。
きっと父に言ったら、「脂肪は筋肉の友達だ」と自分の肉体美を披露し出すだろうし、母に言えば「その程度の脂肪なんてどうと言うことはない、ここはアメリカだ」とも笑うのだろうけれど、外見にも内面にも徹底して気を遣う日本ではそうも言っていられない。
大柄な男より、少々の筋肉がついた脂肪の少ない痩せっぽちの方が良く見られる社会なのだ。
時には「185m以上、50キロ前後のマッチョ」と言う、森羅万象の基準が乱れる体型が求められる社会なのだ。
「で、舞台の話に戻るけれど、春の舞台でブロック大会を通ったから、次の舞台は全国大会なんだ。しかも来月。部活の引退時期だし、演劇の甲子園みたいなイベントだから演劇に本気の人しか出てこない。それに、学校の講堂じゃなくて、大きな会場でやるんだ。家族に席を取ることも出来る。その舞台で、文化祭で発表する予定だった作品を公演することになっているんだ」
「なら、今度はそこに行けば良いんだな」
「うん」
「なにをやるんだ?」
「"ボックスアンドコックス"」
「へー、どんな内容なんだ?」
「いつも誰かを助けているヒーローがいるんだけど、彼を助けるもう一人のヒーローがいるって話。どんなヒーローも、助けてばかりじゃ人間味が見えないだろ?助けてほしい時だって、きっとあるはずだ。誰にだってヒーローがいても良いってお話」
「そうか、きっと良い舞台になるさ。応援しているぜ」
「うん」
やはりその日も、そうめんだけではすぐに消化されてしまって、おやつにコンビニのカップケーキを食べていた。