4くち 9
「いつまで日本にいるつもり?」
「未定にしたい。当分いたい」
「仕事とかは?」
「長期療養中ってことで休んでいるんだ」
弾かれたようにバートの顔を見張ると、違う違うと首を振る彼がいる。
「病気じゃないよ。そういうのじゃない」
「…なんだよ…」
じゃあ思いっきり健康体じゃないか。
今度はバートから完全に視線を逸らして、余計な緊張を味わったと舌打ちをした。
「住まわせてもらうわけだし、これからも散々迷惑をかけるだろうから、今後、あの家での生活費は俺が負担する。ただし、菓子とか趣味とかの代金は各自の財布から出すってことで。いさせてほしい」
なんだか話を勝手に進めているけれど、これだけ自分にとって悪条件を重ねられてきたマシューにとって、生活費を持って貰えるのは非常に美味しい話だ。
両親からの仕送りもバートがいる間は断れるし、バイトで稼いだ金銭を前より趣味に継ぎ込めるんだ。
初めてバートが来日したことをちょっとだけラッキーだと思った。不幸中の幸いだったが。
「じゃあ、ちょっとだけな」
「よし、契約成立だ」
さてもう一度歩き出そうと一歩を踏み出しながら、少しは生意気なことを言っておかないとつけあがるだろうから、といつものお小言を捻り出しておく。
「別にいつ帰ってくれても良いからね」
しかし、
「その時はお前も連れて行くぞ?」
と言う言葉に、一歩踏み出したマシューの足が止まる。砂利を踏みしめて、コンクリートに擦れる音が響く。
「は?」
「自宅に連れて帰るぞ?」
「……」
「俺らの家はアメリカだもんな」
「…いや」
違う。
「僕の家は、日本だよ。僕は、日本人なんだから」
不安げに断言する。
断言。
違ったのかもしれない。
確認だったのかも。
自分に対する問いかけのように頼りなかった。
しかしバートには、断言だと伝わったようだ。
マシューにとっては自分ですら危うかったけれど。
「そうか。俺は間違えたんだな」
「ああ、間違いだよ、バーカラント」
一瞬だけの沈黙があって、マシューがその一瞬で千の思考をしている間に、バートが口を開いた。
「帰るか。暑い」
「扇風機とかの電気代も払ってくれるんだろ」
「ああ。これからは電気代も水道代も気にせず使って良いぞ!ただし、エコを忘れるな」
「人間としちゃ落第点だけど、財布としちゃバーカラントは優秀だよ」
「俺人間だぞ?」
「はいはいバーカラントバーカラント」
アメリカ合衆国の作家兼経営コンサルタントである、スティーブン・コヴィー曰く、「私は自らをとりまく状況の産物ではない。自らの意思決定の産物だ」
もう一つ、北インドの仏教の開祖である釈迦曰く、「心がすべてである。あなたは自分の考えた通りの人間になる」。