16くち 21
二人を他所に、バートはニューヨークから持ち帰った紙の束をキャリーケースに詰めながら続けた。
「ところで、在宅ワークなら、ダンケにはこのまま家のことが出来るようであってほしいな。DIYなんて始めてみたらどうだ?お前がよくやっているクロスステッチの延長さ。編み物みたいに、自分だけの家具を作ったり。家の事が楽しくなるかもしれないぜ。なあ、頼むよダンケ。知らないヤツが俺の家の物に手を付けるのは好きじゃないんだ。メイドは嫌だけど、バーゼル達のことならドッグウォーカーなり雇って良いから。そうしてくれたら、ダッドもマムも、メルナードのグランマもグランパも喜ぶ。何よりお前の世話になる俺が一番嬉しい」
ちなみにDIYとは、Do It Yourself(自分でやる)の略称で、金銭を支払って専門の業者に委託するのではなく、自分の身一つでなにかを行うこと。具体的には、修理、製作を指す。日本では専ら「日曜大工」と言われている。
「そうだな、サプライズのつもりだったんだが、将来的にダッドとマムの家を出て俺の家に移るなら、お祝いにグランドピアノを贈るよ。その為の椅子作りなんてどうだ?自分で組み立てて、革張りして。糸の次は、板も触ってみるのはどうかな」
ダンケは心底嫌そうな顔をした。眉間に皺を寄せて口を山形にひん曲げてそっぽを向く。
けれど、「嫌だね」といつもなら明言するところを黙り込んでいるのだから、バートはもう何も言わなかった。
その日は三人とも夜になるまで家の中で過ごし、途中、バートとダンケはしばらく二人で"今後の色々なこと(土足文化撤廃についても含む)"を話し合う為にダイニングへ移り、その間リビングにい続けるマシューは、先ほどまでダンケが寝そべっていたひじ掛け付きロングソファで音楽を聴きながら、演劇部の台本を読んでいた。
途中、「もうしない」「言い方が悪かった」「やるよ」「ありがとう。頼もしいよ」「カウンセリングは?」「俺にはいらない。お前は?」「俺こそいらないよ。分かるでしょ。でも、あんたは行きなよ」「まだ無理だ」「ウェールズの自然が好き」「モンタナの大地を歩きたい」「約束する」「待てるよ」「付き合い切れなかったら見捨ててくれ」「なにも出来ないわけじゃないから。泣かないで、バート」などの断片的な言葉が聞こえてきて、考え過ぎたマシューはナーバスになり、耳を塞いだ。