16くち 20
「やったぜ!俺が大好きな味付け海苔だ!ダンケは和食、初めてだろっ?何枚も食べない方が良いぜ。甲状腺が腫れるからな」
「日本の京都には行ったことがあるけれど、出して貰ったのが洋食だったから、和食を食べるのは…うん、初めて。これがタイピカルジャパニーズ(典型的日本人)が食べる朝食か。ヘルシーなんだろうね。見た目が地味な料理はたいていそうだから」
「地味で不味そうな見た目の割に案外美味いんだぜ。米は味がしないから醤油で味付けした方が美味い。そこに味付け海苔を加えるともっと美味いぜ」
味覚障害を持つダンケに「美味い」と言っても伝わらないのに、バートは「こうしたらもっと美味い」だの「○○の味」だのと、ダンケに理解出来るはずも無いことを話し続けた。
いつもの仏頂面で話を聞き終えたダンケは、ドイツ語の発音で「あっそう」と返事をして、「いただきます」をしないで箸を白米に突き立てた。
ちなみに、ドイツ語の「Ach so(発音は"あっそう"、"あぞー")」は、英語で「I see」、日本語で「そうなのですか」に該当する。日本では素っ気無い、大雑把、失礼、とネガティブな印象の返事として扱われることが多いが、「Ach so」にはそのような意味合いは含まれず、権威のある人にも使える便利な返事の一つ。
バートは今日は指の関節の調子が良いらしく、箸を取って海苔を醤油に浸け、白米の上に重ねる。冷ややっこはダンケもバートも、箸で食べるマシューの隣でスプーンで掬って食べていた。
朝食を終えると、三人ともリビングに集まって、バートとマシューは日本に帰る準備を始めるべく、キャリーケースに荷物を詰め込み始める。
アメリカに来る前、マシューが持ち込む荷物を一つ一つメモしていたおかげで、忘れ物無く荷造りは進んだ。
二人を横目に、今日は仕事をしていないダンケがひじ掛け付きのロングソファで寝そべって言う。
「一週間くらいはいるのかと思っていたよ」
マシューが日本に持ち帰る為の、ニューヨーク発の紅茶を押し込みながら答える。
「夏休み中でも部活はあるし、生徒会長として文化祭の準備もあるからね。長居するつもりはなかったんだ」
「それにしても短かくない?またバーゼルとハニーダリーの世話を当分一人でやれって言うわけ。あいつら磯と獣のにおいがするから嫌い」
「洗ってやれば良いでしょ」
「面倒くさい。家事もしたくない。掃除なんて大嫌い」
「ダン兄生きようとする気あるの?」
「俺は生きようとしているんじゃなくて生かされているの。ねえバート、メイドとか雇って良いよね」
「だからダン兄はその性格をさ…」
「気にするなマシュー。ダンケは俺達がいなくなるのが寂しいから今のうちにワガママを言って構ってもらおうとしているだけだ」
バートはマシューのメモ用紙とにらめっこして、自室と居間を往復しながら言った。
マシューは信じられないと言う気持ちを目に込めてダンケを見る。
ダンケは図星をつかれたとも的外れな指摘を受けたとも言えぬ渋面を見せて黙り込んでいた。




