16くち 19
翌朝、バートの家で宛がわれた自室に、マシューは閉じ込められていた。
ダンケが自室の前に座り込んでいるのだ。
「ダン兄ィっ、勘弁してよー!トイレに行かせてください!」
「ぐぅー!ぐぅー!」
「くっそぉ!そんな大きな寝息を出しておいて寝ているはずがないのに!意地悪をしているな!チクショウ、窓から出てやる!」
扉から一度離れて、窓まで走る。
と見せかけて、助走をつけて思い切り扉に体当たりを見舞った。
油断して力を抜いていたダンケが、衝撃で廊下の向こうに吹っ飛んでいったのなんて振り返りもせずに、マシューは二階のトイレに駆け込んで行った。
「まったく!なんで扉が内開きじゃなくて外開きなんだよ!」
慌ただしい物音よりも、枕になっていたバーゼルからのエスキモーキスで起こされたバートは、自室を出てからまず吹き抜けを見上げた。
二階の格子状手すりから、吹っ飛ばされたダンケの手が垂れている。今日は探す手間が省けそうだ。
彼に挨拶をしてから、バートは洗面所へと向かったのだった。
ちなみに、この家を建てる際、元所有者であるバートの母親は、日本人の元夫の希望で、一室だけ外開きの扉を作った。そこが元夫の部屋であり、現在、マシューに宛がわれた部屋である。
朝食の席にはマシューの手作り料理が並んだ。
まず白米(日本米)。先日、アジア系スーパーで購入した、電子レンジで温めて食べるインスタント食品だ。それと、白米のお供に味付け海苔。
次に冷ややっこ。他には、白身魚とミツバを使った醤油のお吸い物。ネギを混ぜ込んだだし巻き卵。ゴマとほうれん草のお浸し。枝豆。
元気・やる気・根気・本気・勇気が毎日溢れるほどあるならば、出来ればその毎日をこんな朝食にしたい。
けれど、一人暮らしの男子高校生にはこんな料理を毎日作れるほどの資金も時間の余裕も無い。
ああ、妙味なる日本食。
日本で生活を始めたばかりの頃、古本屋で立ち読みした和食の料理本で得た知識と、父から教わった料理の技術を活かして出来上がったそれらを卓に並べながら、マシューは思った。
アメリカの洋式な空間にはそぐわない日本食が卓に並ぶと、バートもダンケも三人掛けソファから身を乗り出してそれらを見つめた。
ここにはご飯茶碗や陶器の皿など置いていないので、白米がガラスの小皿に入っていたりして不格好だけれど、二人は気にしていないようだ。