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【挿絵131枚+漫画78頁有】ヒトくちばなしっ!B&C  作者: ほやざ
16くち「西から東へ追いかけて!僕から逃げるなバートラント!!」
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16くち 16

 

 マシューは言葉が出てこなかった。

 どうバートに声をかけたらいいのか、なにも思いつかなかった。

 これ以上、戻ってほしいと言えない。戻らなくて良いとも言いたくない。元気を出せとも、なんとか解決しようとも、思うだけでなんの提案も出来そうにない。


 対面の男は、穏やかに絶望している。

 あまりに冷静に、何事も起こっていないかのように、マシューと再会する前から、笑いながら零落していたのだ。


 その対面の男・バートは、伏せていたそれを柔和なまなざしに変えて、黙り込んだマシューに向けた。

 見ていられないと目を逸らしたくなるほど、完成された微笑みがそこにある。

 窓の向こうから降り注ぐ陽光で、その笑顔が霞んで見えた。



「ああ、戻るだろうな。バートラントはそういう男だ。俺は舞台で生きて、家で死ぬような人間なんだ」


「そ、そうだ、お前が自分で天職だと言ったんだ」


「…そうだな」



 何故だか、マシューは今、自分がバートにとんでもなく酷いことをしている気分になった。

 バートに「言わせている」ような罪悪感が、重く胸に圧し掛かって息苦しい。



「決めるよ。今度日本からアメリカに帰ったら、時間はかかるだろうが、俺は舞台に戻る。他のどこにも行かないよ」


「……」


「頑張るから、マシュー、その時は、お前に客席から見ていてほしいなあ。それで、今度、また舞台から落ちるようなことがあったら」


「……」


「そのまま、舞台でバートラントを死なせてくれ」



 テーブルの上に投げ出していた両手を、マシューは自分の膝の上に引っ込めた。



「頼む」



 お互いにショックを受けていたのだ。

 バートは舞台を嫌がった自分に。マシューは舞台を嫌がったバートに。

 そしてこう感じた。

 二度とこんな気持ちになりたくないと。



「ああ、分かった。分かったよバート」

「……」

「……」

「……」

「ごめんな」

「ああ」



 バートに何も慰めの言葉をかけてやれる気がしなかった。

 彼はこの件を、最初から、遅かれ早かれ良くも悪くも、自分の心の内だけで完結させようとしていて、そしてそれが出来てしまう男だ。周りの誰もがそれを知っている。本人ですら分かっている。

 彼にとやかく言うのは、自己満足にしかならないのかも。

 悪戯に彼を傷つけてしまうだけなのかも。



「それでも、僕はお前の…その、…いやいい。とにかく、また…こういう話をしよう。どうしても、戻ってほしいんだ。いいかな」


「うん」


「僕が望むことと、バートが望むことは違うのかもしれないけど、でも、…僕、本気だ」


「うん」


「立ち直れるかは分からないけど、見せてくれよバート」


「…うん」


「今の僕の目で、お前の舞台が見たいんだ」



 今度は、きっと正しい目で兄を尊敬することが出来る。

 今の自分ならそれが出来る。

 出来るのに。


 バートは瞼を伏せて、まるで眠りにつくように、静かに一度だけ頷いた。

 今この時以上に彼の死を望むだなんてこと、これから先だってないだろう。


 それ以上は、お互い喉が熱くてひりひりと痛むようで、言葉に詰まってしまった。

 同時にアイスティーとアイスコーヒーを飲むと、二人してむせて、飲み物が次にまともに喉を通るまで、十分も沈黙していた。

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