16くち 14
眼前のマシューは険しい形相のまま、バートの胸倉を掴みあげて大きく揺らし、襟ぐりを伸ばしながら、彼の胸板を音が鳴るほど一語事に叩いた。
「ようもっ、背中なんてっ、見せてっ、くれたなっ!のくてぇんやっちゃ、こんクソタレ!ひってアホじゃ!」
「……うう……んぁぁ」
マシューの言っていることがさっぱり分からなかった。
時々マシューは日本語なのかよくわからない言葉で怒鳴ることがあるけれど、今日はその日らしい。
怒っていることを理解するだけで精一杯のバートに、マシューは更に畳みかける。
「なんか言いねまコラァ!ほれで日本男児の血ィ入っとんのかぁ!」
「分かった!分かったから!逃げないから怒鳴るのはやめてくれ!」
マシューは「やめてやるかバーカラントめ!」と興奮が収まらないまま、バートを突き飛ばした。
「家族が話しかけているのに、返事の一つもまともに出来ないのか!どんな教育をされたらそんな態度が出来る!」
「…えーっと…」
マシューからしたら信じられなかったのだろう。
会いに行った家族と対面した途端、まさか背を向けられるだなんて不誠実なことを、あのバートにされるとは思わなかった。
中国人に勝るとも劣らない家族を大切にする心を持つバートが、家族から逃げる背中なんて見たくなかった。
「僕はお前の家族だろ!お前は僕の家族だ!」
「…うん…」
「次は無いぞ!無くせ!」
「…はい」
「目を見て言え!」
「ごめんなさい」
マシューは怒鳴り終わった後も、興奮が収まるまでブチブチと「お前こそタイムアウトだ」と愚痴を垂れ流していた。
バートの視界の端を歩いてゆく人々は、今も何事かとこちらを一瞥してから素知らぬ顔で歩いて行ったり、バートの存在に気付いて写真を撮ってゆく。
家族に特大の雷を落とされている真っ最中の写真だなんて、と気にしている暇は無かった。
沸騰していた頭が冷えてくると、マシューは「冷静さを欠いていた」と、珍しく何も考えずに突撃したことを後悔し始めているようで、さっきまでは真っ赤だった顔が今は真っ青に見えた。
車道では各国のさまざまな車が、歩道でも各国のさまざまな人々が行き交うのに、バートとマシューが歩道の端っこでポツンと突っ立っている。
なんだか居心地が悪くて、バートはすぐ近くにレストランがあるからと言って、マシューを連れて店の奥の席に案内してもらった。
マシューはアイスティーを、バートはアイスコーヒーを飲んで、一息ついた頃。
「さて」
マシューが一言呟くと、バートはまた酸っぱい顔をして俯いた。
二発目の雷に供えて、高所にある頭を他の物より低くしようとしているのだ。
そうしたら自分に当たる可能性は低いはずだ。雷は高いところに落ちるに決まっている。
けれどそれは自然が落とす雷に限った話であり、人が落とす雷は特定の人物に確実に落ちるものだと、バートには考え付かなかった。
マシューはこれ以上怒る気が無かったので、ただの杞憂だったけれど。