4くち 8
「カップ二個も使うの?」
「ベッラにスープとかココアとか出してやりたいんだ。バートのBと、ベッラのV。イニシャルと瞳の色で使い分けるんだ。俺のはエメラルド。ベッラのはペリドット」
「そっか」
零れたミルクを泣いて惜しむ。
いや、"死んだ子の歳を数える"で、意味は合っていたかな。
…違う。そんなことはないはずだ。
ベラーノと言う姉のことをまったく知らなくて、彼女に対する「家族」と言う意識はあっても愛着はほぼ無いマシューだけれど、彼女のことを心の底から愛している他の家族の為にも、この言葉はふさわしくない。生きて知り合えたのならば、きっと自分も彼女を愛していたはずだから。
だから、「そっか」と言う一言以外に、他の言葉が出てこなかった。
会計を済ませて、その後も繁華街でバートの布団や下着など、彼が持ってこなかった、あるいは長期に渡って海外で生活するには持ってきた数が不足しているものを購入して回っていたら、あっという間に夕方になっていた。星まで見えてきている。
演劇部で大道具の手伝いもするマシューは、バートよりも腕力に自信がある。
圧縮された布団一式が梱包されている手提げ付き段ボールとビニール袋をいくつか掲げて、家までの道のりをノシノシと歩いてゆくマシュー。
買い物袋を三つ持って、ビブラートのきいた鼻歌を披露するバートと並んで歩くと、余計にぐったりしてしまうようだった。
午後三時には帰宅して、パソコンでサッカー中継でも見て休憩したら、のんびり銭湯に行くつもりだったのに!バートに振り回された!
唇を噛み締めて悔やむマシューは先を行き、置いて行かれるバートは「なあなあ」と声をかける。
構わず歩き続けて「なにさ」と返す。
「久しぶりで楽しいな」
「なにが」
まったくもう。
こっちはお前の重たい荷物まで持ってやっているのに、のんきでいやがって。
軽快な足音が消えて、自分の重たい足音ばかりが聞こえてきて、マシューは立ち止まって振り返る。
バートも立ち止まっていた。
マシューが振り返ったのを見て、バートは弓なりになっている元気一杯の眉毛を、緩やかな八の字にして穏やかに笑んだ。
マシューの吊り上がり続ける眉とは正反対だった。
「二人揃うの」
「はあ?」
「家に帰れば三人揃う」
片手に二つ持った買い物袋と、もう片手に持った一つの袋を両手で合わせて持ったバートの手は、なにかを暗示しているのか無意識なのか、よくわからなかった。
多分、本人はなんにも考えていないのだろうけども。
「バートは嬉しいよ」
「……」
マシューはなんだか後ろめたくて、気づかれないように、視線をバートの背後へとやった。
バートを見ているふりをして、バートのずっと向こうを見つめて、話を逸らした。