16くち 11
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翌朝、寝坊して飛行機の搭乗時間に間に合わないと諦めたバートは、コンドミニアムを出て、街を歩いていた。
地元より忙しなく過ぎてゆくニューヨークの空気が懐かしい。
「ビープ・バン・クラック」で毎週舞台に立っていた時は、先ほどのコンドミニアムをまたもや生みの母親から「舞台の主演祝い」と言う名目で買い与えられ、舞台とそのコンドミニアムの部屋を行き来していた。
バートは母親から別荘を譲ってもらっただけではなく、セカンドハウスまでお祝いで貰ったのだ。
サンフランシスコの我が家には週に一度戻るほどだった日々が、ほんの三年前の事だと言うのに、ずっと昔のことのようだ。
今、あの頃の生活に戻るかどうかと聞かれたら、言葉にせずとも、サンフランシスコの家とニューヨークの家に行く頻度は逆になりそうだった。
現状、戻るのは難しい。
近所のスーパーマーケットでカットフルーツを購入し、公園の芝生に座り込んでそれを摘まんだ。
ニューヨーカー達がアウトワークに勤しんでいる。その子供が駆け回る。恋人を連れてピクニック。パソコンを広げたり。読書をしたり。寝転んだり。
おのおの自由に過ごし共生する空間で一息つき、自身もリラックスしていると、向こうのブルネットの女性陣がこちらに携帯電話のカメラを向けて撮影し始めた。
バートが自分を指差して首を傾げると、女性陣は黄色い声を上げて笑顔のまま駆け寄ってくる。
どうやら女性陣はバートのファンのようだ。
ほとんどが「D.C.ブロマンス」でバートを知った口だったが、その中で最年長と思われるラテン系の女性は、バートが十四歳の頃の「ビープ・バン・クラック」を観劇して知ったそうだ。
バートからカットフルーツをお裾分けされながら、彼女らは嬉しそうに話していた。
舞台やドラマへの復帰はするのか、と言う質問に、バートは口外出来ないと言ってはぐらかし、帰りがけには彼女達の要望でハグと握手をしてから公園を後にした。
カットフルーツをお裾分けしたことであまり腹が膨らまず、今度はスムージーを購入し、飲み歩きながらコンドミニアムに荷物を取りに戻った。
道中で公衆電話を手に取り、1のボタンを押し込んでから市外局番に移る。
25セント硬貨を数枚投入して、コール音がしばらくした後、相手は出てくれた。
「こちらはファンクーロ教会でございます」
「ダンケ、そこは悪魔教かなにかかな」
「やっぱりバートか。なに」
いつも他所からかかってくる電話にそんな意地悪な出方をしているのだろうか。
疑問に思うバートだった。
案の定、この電話の後にもう一度かけてみたところ、「こちらはシャーデンフロイデ葬儀屋でございます」から始まり、バートだと知るや、「悪戯はやめてよね」とこちらの言葉を待たずに切ってしまった。
くそったれ教会にざまあみろ葬儀屋とは…。
彼が神も仏も信じていないことをあからさまにぶつけられた気がする。