16くち 10
なにがどうなっているのか分からないけれど、ただ、立ち上がらなければならない焦燥感と混乱と、その時だけ何故だか眩し過ぎるように思えた照明が腹立たしかった。
傍らに寄り添うイェーダが涙ながらに手を握っていて、上手く筋肉や関節を動かせたのなら、その手を怒りのままに握り返したかった。
恐ろしかったのだ。酷く。
自分が無になってゆくような気がした。
なにもかもが落下の衝撃と共に散らばって、零れ出て行ってしまったような気がした。
そしてそれらは、再び拾い集めることが出来ないものだと、バートには分かっていた。
その後の寝転がるばかりの生活も堪えた。
漠然とした不安が、舞台に戻りたいと逸る心を、戻りたくないとも思わせるから。
もう一度舞台に立ちたいのに、何故だか、もう自分とは関係のない、遠いおとぎ話の世界のように思える。
舞台の上は自分にとって現実を夢見る場所で、人々にとって架空を実現する場所なのに、もうあの場所は、自分にとって現実ではないような気がする。
どうしても戻りたいのに、戻りたくなくてどうしようもない。
けれど、あの場所が…。
あの場所こそが…。
けれど。けれど…。
………。
もうなにも考えたくない。
家族に会いたい。
皆で食卓を囲っていた毎日に帰りたい。
どうして、今、こんなところで一人ベッドで眠っているんだろう。
ああ、会いたい。
マシューに会いたい。
「……」
手元には資料があった。
今まで「ビープ・バン・クラック」の代役を務めてくれていた役者から、バートラントを望む声があまりに大きく、アメリカに帰って来たのなら舞台にも戻ってきて欲しいとの旨を聞き、受け取った台本が一冊。
他にも、監督がオファー関連の資料を預かっていたらしく、それらにも目を通す。
CDデビューや「N.Y.ブロマンス」の件は、出発前にダンケから聞いた通り。
他にも、別件の映画、ドラマのオファー。エージェントからのオーディションの案内。
やってみたい。どれもこれも。
でも、自信はとっくに擦り減って、擦り切れていた。
資料をサイドテーブルにまとめて、ベッドに横たわり、眠りについた。
なにも考えたくなかった。