16くち 8
まともに評価されるようになったのは、公演が始まりしばらくした後。あってないようだった思春期真っ只中の、バートが声変わりを迎えた頃。
それまでは監督に何度も「自分ではやりきれない」と弱音を吐いた。産みの母親にも「頑張りたいけどダメかもしれない」と電話で泣きついた。育ての母親にも「自分は相応しくない」と愚痴を零した。父親にも「自分にはなにが出来るのだろう」と問いかけ続けた。飼い犬にも「他になにがしたいのだろう」と相談して、一緒に考えてみた。
誰もが答えた。バーゼルを譲られる前に飼育していた先代の犬、チベタンマスティフのオーバーも、たぶん、こう答えた。
"今はまだ心身ともに未熟だから仕方が無い。だからこそ応援している。味方している。信じている。傍にいる。貴方にはこの道で生きる実力がある。変わらずバートラントらしく成長し続けてほしい。それにこそ価値があり、その価値に私たちは毎日気づいているし、これから誰もが気づくことになる。"
思うままに選択して良い、いくらでも付き合うから、と誰もが言った。
辞めても良い。投げ出しても良い。逃げても良い。
けれど、誰もが「応援している」と優しい眼差しで舞台の関係者席からバートを見上げていた。当時、少年のバートにはそれだけが心の支えだった。
少数だけれど、最も大切で、絶対的な支持者がそこにいてくれる。舞台の上にいる自分を望んでくれる。これ以上ないほどの原動力だった。
そうして、家族や監督の後押しがあって自信を取り戻したバートの許には、彼を絶賛する声がいくつも届くようになり、今日のロングランに至る。正当な批評の声も受け止められるようになったし、不当な暴言には鈍感になった。
天職に出会えた。
自分に夢を持てる居場所を選べた。
もっとも自分らしく力を発揮出来る方法を見つけた。
何者かではなく、自分らしく変化し続ける方法を学んだ。
誰も100%にはなれないことを、しかしそれを夢見ずにはいられないことを知った。
けれど、舞台のセットから落ちた時、客席に見た顔が忘れられない。
視界が大きく半回転して、一瞬にして瞳の中に飛び込んできた、照明の強烈な目映さまでも。
鮮明に覚えている。
まず足に感じた痛み。次に全身を襲う衝撃。大きく揺さぶられた体と、強かに打ち付けた頭部。
立ち上がろうと床に手をついたら、咳が出た。
途端に、床についた手から力が抜けて、顔が床にぶつかり、J'sの症状までもがバートに襲い掛かった。