16くち 7
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深夜。
ニューヨークのコンドミニアムの一室で、バートは久しぶりに顔を合わせた舞台監督から貰った、チョコレート菓子を摘まんでいた。
昔からあの監督は良くしてくれる。
サンフランシスコのミュージカルクラブで、跳ねまわるように踊り歌い演じるバートに声をかけた時も、クーヴァーズのバーゼルを誕生日プレゼントで譲ってくれた時もそうだ。
「日本の弟のところへ行くから、まだ当分は舞台を休みたい。なんなら降板したい」と申し出た時も。
他のことに目もくれず、ただバートラントと言う男に全賭けする姿勢を貫いてくれる。バートラントの現実にチャンスを与え、一緒に夢を見てくれる。
監督のことを思い出すと、初めてブロードウェイの舞台で公演をした、翌日の朝刊の内容を思い出した。
"数々の名作を世に送り出して来た名監督が絶賛。情熱を懸けた運命の男の子と、奇跡のミュージカル。"
ここまで読めば良いことが書かれているような気がしたけれど、次には"見当はずれ"から始まる批難の嵐だった。打ち切り確定とまで書かれていた。
自信は朝刊を読む度に萎むようだった。社会との繋がりが増えると思って、ときめきながら踏み出した一歩だったが、地元のミュージカルクラブで大人しくしているべきだったと後悔した。
その"自分を嫌な気持ちにさせる紙束"の言うことが、"不当な暴言"であったならば、バートは顔を真っ赤にして破り捨てていただろうが、"正当な批評"であると受け取った彼は手放せず、よりいっそう落ち込んだ。
叱られることはあっても手厳しい評価はされたことが無いバートには、しばらく辛い日々が続いた。自分の能力不足を指摘されることが、自分と言う一個体の全否定のように思えた。
周りの大人は「見なくて良い」「役に立つ意見などない」と言っていたけれど、バートは涙しながらその紙束を握り締めて離さなかった。どんな形であれ、狭い世界で生きて来たバートが、社会と繋がることが出来たと最も感じた瞬間が、この紙束を読んだ時だったからだ。
誰かが自分を観てくれた。自分に真剣な評価をくれた。
涙は悲しみと感動がごちゃまぜになって溢れ出た。